2022年10月29日土曜日

スパイラル:ソウ オールリセット

 スパイラル:ソウ オールリセット Blu-ray(特典なし)

★★★☆☆
~濃密な93分~


 2021年の米映画。サスペンス&スプラッタ、ちょっとミステリー。
 
 デスゲーム物の世界を押し広げた2004年の『ソウ』から始まったシリーズ第9作。
 初代から2、3までくらいは見たと思うが、初代の鮮烈さを以降は超えられていないのではないかと思う。
 
 異論は様々だろうが、自分のソウのイメージは「ひどい拷問スプラッタ」「ちょっとした謎解き」「どんでん返し」であり、その意味で今作はまっことソウシリーズだと感じる。
 

 ベテランの警官マーカスが尊敬を集める一方で、目立たぬも勇敢な刑事エゼキエル・"ジーク"・バンクスと彼の新人パートナーであるウィリアム・シェンクが街の陰惨な過去を不気味に思い出させる恐ろしい殺人事件の調査を担当することになる。知らず知らずのうちに深まる謎に閉じ込められたジークは、自らが殺人鬼の病的なゲームの中心にいることに気づき始める――<Wikipediaより>


 一作目の記憶が濃い自分にとっては、ソウというと閉鎖空間に押し込められた窮屈な作品というイメージが強いが、今作は刑事がバディで事件を追う、いわばシリアスなビバリーヒルズコップのような趣。もちろん拷問スプラッタは最初から最後まで存在。「どこかの暗いところ」ではなく、事件の進展に応じて現場が身近ににじり寄ってくるという不気味さが追加されている。安全な場所が、無い。

 全編通して演出に迷いがなく、物語はテンポ良く進む。タメツメしっかりといった感じできちんと緩急がとれているため急ぎ足感は薄い。主人公の懊悩シーンが各所あるが、不協和音と早回しの首振りといったホラー的手法で不気味さと感情をきちんと伝えてくる。登場人物各人の奥行きをきちんと予感させつつ、かといって全員は相手にせず必要部分にのみライトを当てていく取捨選択。この監督、上手いと思う。

 この潔さは謎ときにおいても、終幕においても発揮され、必要十分なところでカッチリと状況を断ち切る。その心地よさ。自信が無いとなかなか出せない味だろう。全編に無駄がなく圧縮されており、93分とは思えない濃密さで、「ひどい拷問スプラッタ」「ちょっとした謎解き」「どんでん返し」を見事にパッケージしている。

 ただ「ひどい拷問スプラッタ」はやはり強烈で、万人に勧めることは出来ず、それもまあソウらしいと言える。この設定で続編を……、という内容ではないので、10作目がどのような位置づけで攻めてくるか見物である。


プラットフォーム

プラットフォーム (Blu-ray+DVDセット)

★★★
~設定とテーマと物語が一直線に並ぶ傑作~


 2019年のスペイン映画。SF&サスペンス&スプラッタ。
 スペインと言えば自分の好きなアレハンドロ・アメナーバル監督を連想するが、今作の監督    ガルデル・ガステル=ウルティア氏の今後も期待大。自分にとってスペイン映画の打率は非常に高い。
 
 10メートル四方ほどの閉鎖された出入り口のない部屋。それが縦に何十何百重なった謎の施設。
 各部屋には二人が収容され、すべての部屋の中央は完全な吹き抜けとなっていて上下が見通せる。
 毎日その吹き抜けの空間を降下してくるテーブル。その上には手の込んだ料理が満載だが、下の階層になるほど食い散らかされ、やがて何も残らない。
 一ヶ月ごとに階層はシャッフルされ、下層では生き残るための残虐な行為が当たり前に行われていた。
 
 もうこの設定のすさまじいことすさまじいこと。
 文字通り階層社会の寓話なのだろうが、以下のような要素が入り組んで現実に対しての食い込みようがすごい。
 
 ・完全に分断され、階層化された社会
 ・下層になるほど生きるためのリソースが欠損していく
 ・本来すべての人が生きられるだけのリソースが提供されているのに、中層以降全く足りない
 ・階層によってグラデーションのように変わっていく常識
 ・生き残るために行われるどこまでもどぎつい行い
 ・階層を移動する人々は現状と安全を捨てる必要がある
 ・変動する「安定しない階層」が人々から消し去っていく思いやり
 ・そこには何でも一つだけ持って入っても良い
 ・理解しがたい全体の構成とその意図
 
 これらはその一つ二つで作品テーマになり得る重い要素なのだろうが、今作ではすべてが渾然一体となっているのだ。
 似たようなテーマと描き方をした映画として『スノーピアサー』が連想されるが、寓意の直截(ちょくさい)さと筋書きのおもしろさにおいて今作が圧倒している。

 特に階層が固定的でなく変動する点が興味深い。階層が固定的であるのなら、上位層は上位の生活に慣れたあげく、下の層の生活をおもんばかり何らかの改善を試みると思えるが、今たまたま上位層という状況なので、ただただ今の境遇を刹那的に楽しむしかない。これは自然な心の動きだろう。
 この作品の中でも施設外や、食べ物をつくっている者達は階層とは関係ない枠外に固定化されている。現実で対応を探してみるとすれば、枠外は桁外れの上位資本家であり、階層の人々はそれ以外のすべての人間、となるだろうか。作品内で階層の人々はその枠組みの破壊を目指さない。その発想さえない。ただ、物語終盤以降において、階層外の上位存在に、みんな対等な人間であることを思い出させようとするのである。
 なんと夢想的なように見せかけた現実なのだろう――。
 
 寓話の色が濃い作品は説教くさくて退屈になりがちだが、今作はエンタメとしてみても最後まで観客を引きつける魅力を持っている。やもすれば出落ちになってそこで終わりそうな設定を、上手く操縦して異なる面、新たな情報を随時提供して物語を推進させていく。この辺りのうまさは理不尽シチュエーションでのサスペンスの金字塔『キューブ』を彷彿とさせる。つまり、設定だけでなくその生かし方が見事だということ。最後までしっかりおもしろい。

 閉鎖された施設という限られたシチュエーションの中で、退屈にならない物語を構築するのはどんなにか難しいだろうに。
 
 ただ、ここまで褒めておいて★3なのは、あまりにスプラッタ表現がきつく、とてもじゃないが人に勧められない。特に食に関する表現がモザイクになるほど致命的で、ここまでやる必要はあったのか――おそらく、あったのだ。
 下層の凄惨さが増すほど、階層上下のコントラストが増し、映画全体がくっきりと浮かび上がる。だからこれは制作者が望んだ減点ポイント、汎用性低下であり、★3はある意味今作にとっての最高点数なのだと確信する。

 ★2を減じるほど強烈なスプラッタなので、覚悟のない人は本当に見ない方が良い。

ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ

ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ ブルーレイ&DVDセット [Blu-ray] 

★★☆☆☆
~ヤンキーバディのロマンス映画~

 2021年の米映画。ソニー系のMARVEL映画。2018年に公開された一作目を引き継いだ続編。
 記者のエディとそれに寄生した宇宙生命体ヴェノムが、ほかの宇宙生命体と戦いを繰り広げるアクション映画。
 アクション映画ではあるのだが、ヴェノム達が基本的に食人宇宙人であるため、スプラッター色が強い。エディとヴェノムは悪人のみ懲らしめて食べる、という線引きでがんばっている。
 
 前作は息子(当時5才)の実写洋画デビューとして映画館で見たのだが、人間の頭丸かぶりシーンなど残酷シーンが頻出。息子は映画館の膝掛けを頭から被って隙間から見るという状態で、未だに「あれは怖かった……」とトラウマになっている。どう考えても自分のチョイス間違いで、息子には申し訳ない。ネットのレビューで「寄生獣のようなバディもの」というのを見かけたので、それなら大丈夫かなと思ったのだが、そもそも寄生獣のグロさを見誤っているよ!

 そんなこともあり今作は一人で見たが、前提があまりにも異なる二人がお互いの理解を深めて、妥協点を見いだしていくという内容。これをアクションとスプラッターで描いており、見た目に反して優等生な筋書きといって良いかも。ただヴェノムがえらく「馬鹿だけど仲間思いのヤンキー」になっておりその表現もつたない。敵役にもそれなりの悪役になった理由があるのだが、起こした事件と釣り合うはずもなく、懲悪されても心が痛まないのはすがすがしい。

 見所は超人的なアクションなのだが、薄暗い中で暗めのキャラクターが高速で動くシーンが多く、状況の把握が難しい。映画館での視聴ならばもっと違った印象になったかも知れないが、適当な液晶テレビでは感銘を受けにくい。
 
 それよりも登場人物に感じる親近感がこの映画の特徴なのではないか。

 誰も大上段に使命を振り上げず、自己欲求と少し外側の自分の大切な人だけのために行動する等身大な感じが良い。特に主人公の元彼女アンが現在婚約中のダンが全編にわたり良い。要所要所でちょっと関わってきて、倫理観の許す範囲、自分の出来る範囲でアンやその元彼(エディ)を手助けしてくれる。この好人物に対してアンはまあ真摯と言ってよく、元彼エディにはきちんと男女の関係を終わらせた上で、友情でもって関わり、ダンを裏切ることはない。
 サム・ライミ版スパイダーマンなどはヒーローもヒロインも恋愛においてはふらふらしまくって感情移入しがたい内容だったが、その点こちらは実に良いあんばい。恋愛関係はストーリーの端っこであり、バディ二人の関係性がある意味ヒーローヒロインのやりとりなのだ。
 
 なるほど、この作品、エディとヴェノムがヒーロー&ヒロイン(どちらがどちらという決まりはない)と捉えると、その他の要素のバランスが綺麗にとれており、ラストが二人の浜辺というのもああ納得。


2022年9月16日金曜日

<小説>さよなら妖精

 

☆☆☆☆
~ホットケーキにいかの塩辛~

 2004年の小説。本作は先に読んだ「氷菓」と同じ作者、米澤穂信 による小説で、あのようなレビューの後なぜ読むのかと問われると、まとめて入手したからとなる。とあるミステリーおすすめリストに「氷菓」「さよなら妖精」が一緒に紹介されており、それにならったのだ。まあ、軽く恨む。
 
 「さよなら妖精」は「氷菓」シリーズの完結編として構想されたものだったのが、レーベルの都合によりそれがかなわず、再構成された作品とのこと。なるほど基本は一緒。ジャンルも「日常の謎」だが、レーベルが続編としてださなかったのは分かる。
 
 ・どうでも良い小ネタ
 ・中身が中年の高校生のやりとり
 ・全体をまとめる大ネタ

 高校2年の主人公が外国人女子と出会い、別の視点で物を考え、自分の立ち位置を客観視する機会を得るという内容。

 3年分の筆力向上があり、随分読みやすく、中二感も抑えられた内容になっている。「推理が得意な俺」の役割を、主人公ともう一人の同級生二人に割り振ったことで、自意識過剰なエネルギーが分散されたのだと思う。
 
 どうでも良い小ネタは相変わらず納得がいかない内容、謎解きだが、それほど周囲が気にとめずに流される感じなので氷菓ほど鼻につかない。登場人物の「中身が中年問題」は残念ながら悪化。時代設定が1990年代なので緩い空気は理解出来るのだが、高校生が旅館の宴会場(登場人物ひとりの家業)で日本酒と寿司刺身で宴会しながら青春トークは流石に酷い。しかもみんな呑み慣れている。
 ただ、この男女混合呑みの緊張感、浮ついた雰囲気は懐かしく、ここをクライマックスに終わっておけば青春小説として纏まっただろうにと思う。
 
 そう、問題は全体の大ネタの展開である。ヒロインの出身国の特定が謎として設定されているが、その謎解きはどうでもいい。結局はそのヒロインの帰国後の運命があまりにそれまでの展開とかけ離れているのがきついのだ。

 ホットケーキの甘みとふわふわ食感に、突然いかの塩辛をぶっかけるのである。
 
 ホットケーキは塩からの塩味を吸って生臭くなり、最悪である。強くいいたい。混ぜるな。美味しいものを混ぜて食えないものにするな。
 
 最後は「俺たちの戦いはこれからだ」と立ち上がる前の落胆状態で終わる始末。後味最悪。しかも書き下ろして追加された内容も何の救いも無い。
 読者に傷を負わせたくての構成なのだとしたら酷いし、趣味が悪すぎる。そうでないならシェフ失格だ。

 どうせシリーズから外れたのだから「日常の謎」ははずして、のんきな学生意識に現実の厳しさをぶつける青春小説としてだけ整えれば良かった物を。謎解きなんぞ無視、無くしてしまえば良かったのだ。
  
 そうせず、混ぜぬべきものを混ぜたことで作品としては「氷菓」よりも後退した印象を感じる。ほとぼりが冷めるまでこの作者の作品は読まないでいたい。

 

 

2022年9月15日木曜日

<小説>氷菓

 

☆☆☆☆
~伸びに伸びたそうめん~

 
 2001年、米澤穂信 によるライトノベル。ジャンルは「日常の謎」とのことで、なるほど事件ほどでは無い事件を扱うものらしい。
 
 今作は事なかれ主義の主人公が魅力的な女性の行動力に巻き込まれて幾多の事件と関わっていくという筋書き。脇を押さえるのは面倒見の良い親友という所を含めて黄金律的な定番の立て付けだが、別段奇をてらう必要もないだろう。これはこれで良いと思う。
 ただ、登場人物達は高校生なのだが、言動が凄まじくおっさん、おばさんくさい。中身が中年のMMORPG(ネットゲーム)といわれても納得行きそう。変に遠回しにしてこねくり回したもののしゃべり方をし、その語彙たるや全員インテリゲンチャ(知識階級)で鼻につくことこの上ない。そして何か浅い。結局ほとんどの会話に意味は無く、実質一言二言のことをものすごく水増ししている。全員が突飛なキャラクターを己の中で想定して、それを演じるのにセリフのみでなしている。
 
 つまり「中二病」患者による音読劇
 
 自分はかつて確実に中二病患者であったし、全快したのか寛解なのか、うまくその病を飼い慣らせているのか分からない。
 ただ、そういった文章や展開を見ると、人ごとに思えず恥ずかしくなって、身もだえし、うめきそうになる。今作ではこの発作により読書が数度止まることになった。
 
 やはり登場人物達の各種言動がもっとも「くる」のだが、読み進めていくと作品の立て付け自体もだんだんきつくなってくる。
 今作は主人公が普段は昼行灯だが、わずかな情報から物事(事件)の謎を解く才能を持っているという設定なのだが、その事件、謎がもうショボくてショボくて……。普通の生活に潜むちょっとした違和感、不思議を題材にするという意図した選定である事は分かるのだが、大体程度としては以下のような事件だ。
 ※本編の謎を載せるのは申し訳ないので、こんなものかという内容を勝手に考えた。
 
 ・誰もいない放課後の学校で、ひとつの教室の電気だけが一瞬明滅した
 ・いつもは通りかかるだけで挨拶してくれる用務員さんが、今日に限って挨拶をしてくれなかった
 
 その謎解きもショボい。状況証拠で推測して終わり。他の推理もどれだけでも成り立ちそうだが、そもそも駄弁るための題材なだけなので、裏取りに確かめに行くことも無いのだ。
 
 ・戸締まりの巡回をしていた教師がこの教室だけ入口に荷物が会ったにつまずき、電気のスイッチに手をついた
 ・用務員さんがコンタクトを落としていた
 
 これを披瀝して鼻高々。回りも拍手喝采という始末である。共感性羞恥! いくらジャンル「日常の謎」といっても、これでは知的好奇心が満たされるどころか欲求不満である。この規模ならTwitterの文字数で起承転結すればいい。
 いやしかし、本作には一応小ネタ以外の主たる謎が存在する。それががっしりびっしり収まるなら、これらもミスリード(?)であり、コントラストを高めるための演出なのかも知れない!
 
 そう読み進めてみたが、いやあ……。期待の大ネタがなんとダジャレでおしまいだとは……。しかも、氷菓は果汁を凍らせたもので……。
 謎もきちんと解けた感が無いし、そうはならんやろ感がすごい。叔父が困ったのは「おじさんと結婚する!」とか言いだしたからじゃ無いのかよ! この方が納得感あるやろ!
 おもしろくない落語でも起承転結はある。今作も起承転結は整っている。キャラクターに感情移入出来るなら、楽しく感じるのだろうとは思える。中学時代なら楽しめたのだろうか。しかし自分は48才のおっさんであり、中高生向けの小説を正面から受けとめるのは辛かったみたい。
 
 小説にはその対象年齢に応じた文体、そして情報量と密度があると思う。
 今作は自分にはゆですぎたそうめんだった。数十分ゆでたそうめんを、さらに水道水につけて放置。それをうす~い出汁につけて食べたような印象。
 体に悪いことは無いだろうが、心が満たされない食事だった。
 
 今作と続くシリーズはあわせてアニメ化されており、そちらの人気で止まっていたシリーズが再開したのだとか。
 この内容をアニメにして成り立つのだろうか。興味深い。



2022年9月14日水曜日

<小説>慟哭

 

★★★★
~届かぬ祈り~

 1999年。貫井徳郎 の推理小説。

 沢山の人が沢山の文章を書いている中で、それぞれの文章には独特の感触、印象がある。
 今作はこんなだ。
 
 ごつごつと初めの舌触りは堅いが、少しかみしめると途端にさっくりとほどけてたやすく味わうことが出来る。実直な味付けで少々古くさいと感じるかも知れないが、それは基本が出来ているからだろう。ともかく真面目できちんとしている。
 
 連続幼女誘拐事件に関わる多くの人間を描いた作品だが、もうこれ以上何を書いてもネタバレになりそう。
 視点Aと視点Bを交互に描くことで、飽きさせずに、また熱くさせすぎずに読者をずいずいと深奥に誘い込んでいく。まさに今作のトリックに深く閉じ込められていくのは登場人物では無く読者自身。
 
 トリックについては正直に様々な材料、違和感は示されているので、種明かしにも納得せざるを得ないだろう。
 自分も違和感から、まさか、という推測を経て、ああ、こうに違いないという心の変遷をたどったが、最後はもうその予測が間違ってくれと祈りたくなる内容だった。
 
 題名である「慟哭」も画竜点睛のごとくにピンポイントで示され、別れていたものが見事に一致する。
 
 難点としては後味が悪く、救いが無いこと。弱っているときには読みたくない。

2022年9月1日木曜日

パーフェクト・ワールド 世界の謎を解け

パーフェクト・ワールド 世界の謎を解け [DVD] 

★★☆☆☆
~序盤がピーク~


●良いところ

・なかなか目に触れないロシア産SF

 基本的な感性、風景が新鮮に感じられる。

・序盤のサスペンス感

 主人公がそれまでの生活を徐々に喪失していく恐怖。先の読めない不安感。
 

・記憶に残るイマジネーション

 ロシア映画だからというだけでは収まらないであろう、斬新なイメージ。
 見たら焼き付くマトリョーシカ。透明になっていく人体の映像。
 石油が無いため、蒸気機関主体で発達した世界。

・シーン毎ののまとまり

 大体日付単位で区切られており、それぞれがすっぱり独立していてる。
 平行世界を舞台にしているので世界観もガラッと異なり、短編集のように楽しむことができる。

・牢獄世界の女獄長が強烈

 見れば納得。

○悪いところ

・話がわかりにくい

 一人の女性を、平行世界を移動しながら求めつづけるという本筋はシンプル
 各章に区切られたエピソードの、それぞれはまとまっているのだが、すべてを一つの作品としてつなげて理解しようとすると途端にわけが分からなくなくなる。
 各章を繋ぐ展開がいちいちひっかかる。何故それを受け入れることができるのか、何故その選択をするのか。別の機械の部品が、無神経にひとまとめに放り込まれているようなちぐはぐな印象。
 冒頭が回想形式になっているのもあまり効果的に感じられず、複雑な印象を与えるのみ。複数の勢力が出てくるが、それぞれの目的や理念が分からず、誰に肩入れしていいのか分からないのも見ていてつらい。制作者の演出意図に沿って理解するのが難しい。

・見終わった後の達成感が無い

 話が進んだような進んでいないような尻すぼみの終劇。各章単位のクライマックスがあるのでそちらの印象の方が強い。
 また、副題でうたっている世界の謎は、期待するほどのものではない。

・キャラクターを把握しづらい

 似たような印象のキャラクターが多い上、平行世界で服装や人相がガラッと変わるので、誰が誰やら分からない。それをどんでん返しの一つとして用いているので意図的な部分もあるのだろうが、混乱のもと。


 題名、副題と期待させない雰囲気からの序盤がピーク。
 今後ロシア産映画が新しく制作され、それを観る機会は存在するのだろうか。

 

 

2022年8月31日水曜日

ドラゴンボール超 スーパーヒーロー

 ドラゴンボール超 スーパーヒーロー

★★★☆☆
~3DCG感を払拭した高クオリティアニメ~

 2022年に公開。言わずと知れたレジェンド漫画『ドラゴンボール』のアニメーション映画。
 漫画で描かれた以降のドラゴンボールは連綿と描き続けられており、原作を核として続編漫画(作者は別)、アニメ、ゲームとかなり自由自在に伸び盛っている。
 映画は今作でなんと21作目。最近の作品では原作者『鳥山明』の関わりが増え、彼の才能なのか、現場のモチベーションアップなのかやはり作品の魅力が増していると感じる。さすが。

 息子と二人見に行った。8才の息子はほぼドラゴンボール未体験であるが、友達がスマホのゲームで遊んでいるのを知っていたり、名前や何となくの雰囲気くらいは知っている。どうなるものかと思ったが、最後まできっちり楽しむことが出来たようで、これだけでもきちんとつくられた良作であると言えるだろう。
 息子が認めたから、というのではなく、前提が複雑でそれを理解しなければ楽しめなかったり、退屈なシーンが長く続きすぎたりすると、素直な物で彼は全く視聴意欲を無くしごそごそし始めるのであるが、様々に突っ込みや歓声を上げながら(声が大きすぎるくらい)、夢中になっていた。

 自分が作品として気にしていたのは、全編3DCGでつくられている、ということ。
 これが全く見事で、これまでの2D作品と違和感が全くない。むしろ調安定したハイクオリティのアニメ作品。言われなければ3DCGだと分からない人も居るのではないだろうか。ダイナミックなアクションシーンでもCGだからと無駄にカメラを動かすような愚策を犯さず、冷める瞬間の無い魅力的な作品になっている。
 
 あえて難を言うなら、3DCGによって全編が安定したが、画面クオリティという点でのメリハリがなくなった、と言えるかも知れない。手書きアニメーションは多数の人の描いた絵をつなぎ合わせてつくられるので、やはりその腕前に差異がある。見せ場のシーンは特に腕の良い原画、動画によってクオリティを上げる、という作品は良くあると思う。超絶作画シーンの突出具合とその輝きという点では、手書きアニメーションの方がより強烈かも知れない。

 長い歴史で世界が広がり、キャラクターが膨大となっているドラゴンボールだが、今作では大胆に登場キャラクターを絞りきることに成功。主人公であるはずの悟空やそのライバルベジータさえ本筋に関係の無い幕間キャラとなっており、それなりの見せ場は用意しつつ作品中のアクセントという位置づけ。結果ピッコロと悟飯をきっちり主軸にしたピントの合った展開となった。今作初登場のキャラクターも少なくないのに散らかった印象は無く、新キャラの魅力も十分に描かれている。

 ドラゴンボールでは名前の付け方に法則のあるキャラクター群が居るのだが、たとえばブルマ、トランクス、パン(ツ)といった「はくもの」グループ。これに対抗する敵としてDR.ゲロの孫が登場するのだが、名前がDR.ヘド。なるほど「吐くもの」グループというわけでネーミングセンスに脱帽。

 

 

2022年8月26日金曜日

エルヴィス(2022年映画)

エルヴィス(字幕版)
★★★☆☆
~エルヴィスのイメージが、肉付けされる~


 2022年公開の米映画。
 どんな風に生きていてもその名前にあたったことはあるであろう著名ロックシンガー、『エルヴィス・プレスリー』その人の生涯を描いた作品。
 
 確認ではあるが、伝記映画とはいえ、すべての事実を伝えることが出来ない。従って、作品に含める要素についての取捨選択が行われ、その選択をどのような基準で行うのかによって、対象の人格が一つの物語として浮かび上がり、つまりそれが伝記の物語性なのだと思う。当然ではあるが、今作ももちろん現実に基づいたフィクションなのだ。

 取捨選択があまりに恣意的だと嘘くさく、誠実すぎると抑揚がなくなる。たとえばエルヴィスは最愛の妻と離婚に及び、それはエルヴィスの放蕩、女性関係も原因だと示されるが、妻は愛を貫いた風に描かれている。実際には彼女も浮気して去って行ったという話もあり、映画にその情報がないということは不誠実に感じられるかも知れないが、作品として考えるなら、その情報があっては上手くまとまらなかっただろう。
 エルビスと彼女のつながりはこの作品内の主軸の一つであり、二人のシーンのBGMにはエルビスの代表曲である「好きにならずにいられない(Can’t Help Falling in Love)」が様々なバリエーションで流れてその「特別」を感じさせる。
 伝記は一つの解釈であり、事実の羅列ではないのだ。視聴者はこの作品で描かれた内容が完全な真実なのではなく、別の見方、解釈も存在するのだということには留意しなくてはならない。 

 かくしてエルヴィスの人生を、彼が追い求めた『愛』に沿って構築した本作。名前と恰幅の良いおじさんが奇抜な衣装を着けているイメージしかなかった自分の知識に、一定の肉付けが行われた。

 やはり一番衝撃を受けたのは、黒人文化と白人文化を融合した楽曲を、白人として発表したという事実。しかも人種隔離政策真っただ中のアメリカで。
 幼少期のゴスペルシーンが実に有効に働いており、その薫陶を受けたエルヴィスが発表した楽曲が、いかにゴスペルだけでなく、カントリーだけでなく、それらが融合したものであったのかが見ているだけで納得出来る。

 そしてビール腹の奇抜な格好をしたおっさんが熱唱するというイメージは、エンターテイメントの魔力に捉えられ、一生をショーに殉じることになった哀れな、そしてある意味幸せな希代のロックシンガーの姿に書き換えられた。
 特に舞台の上で演者が観客全体から受ける熱狂はある種の愛であり、その強さと恍惚は家族が与えてくれる愛よりも強く、依存症になり得るという視点は、彼だけでなく多くのエンターティナーが舞台に魅せられて死んでいくという事実に強い説得力を与えてくれた。

 作品の最後に彼本人の映像が丸一曲分流れる。定点カメラで捉えた演出も何もない映像なのに、その求心力の強さよ! 
 スターの持つ引力。古い映像を経て、なおこの強烈さなのかと驚かずにいられない。

 1本見ると、するっと腑に落ちる。
 エルヴィス・プレスリーは、永遠のロックスターだ。

2022年8月25日木曜日

ヴィナス戦記

ヴイナス戦記 (特装限定版) [Blu-ray]

★★★★
~誠実なつくりの良作~


 1989年に公開されたアニメーション映画。

 アニメ作家(演出から原画まで幅広いのでこのように書いてみる)の 安彦良和 が自身で連載した漫画作品をアニメーション映画化。 漫画原作は1987~1990年の連載で、第二部で終了(尻切れトンボ気味)している。このうちの第一部が原作。
 人類が生息可能となった金星を舞台に二大国家の紛争が勃発。それに巻き込まれた若者達の生き様を描く。

 設定や大枠は漫画と同様と言えるが、なにせ原作者が監督、脚本なので自由になたを振るって改変。漫画とは別の作品になっている。メカニックデザインも大きく異なっており、強力な武器を備えたバイクと圧倒的強靱さを誇る戦車の戦いが見所なのだが、その両方ともイメージを大きく変えている。漫画のバイクは二輪だが、映画では一輪となっており、戦車の形状も機械的な物から生物的な印象へと変わっている。原作は安彦氏デザインだが、映画では横山宏と小林誠がメカデザインを行ったと言えば、それだけで想像できるかも知れない。どちらもそれぞれに魅力的。

 この作品で話題となるのは、『監督によって封印された』という扱い。2019年までDVD化されていなかったため、幻の作品などと吹聴されることもあるが、VHSなどは販売されていたので、レンタルビデオでは普通に見ることが出来た。VHSが廃れた後に幻となった、とするのが正しいのかも知れない。
 封印されたのは監督の意向とのことで、安彦氏は長らく本作を失敗作だと考えていた模様。興行的に失敗したというのが大きな原因だと言われている(安彦氏は本作以降アニメとの関わりが非常に絞られた)が、作品としてはきちんとつくられた良作である。

 自分は当時本作を映画館で鑑賞したが、まあまあおもしろかった、と言う印象。バイク搭乗時の主観シーンが実写映像にアニメセルを重ねたもので、臨場感は出ているものの、異質感と合成の不整合が目立ってマイナスの方が大きく感じる。かすれた自分の記憶にも、なんで実写使ったんだろう、と言う疑問が残っている。当時の評判は分からないが、分かりやすいマイナス点が存在したことは確かである。

 久しぶりに見てみると、映画そのものが古くなっているので実写部分の悪目立ちをあまり感じない。安彦氏の超絶画力を基準とした絵作りは全編で高レベル安定。特にキャラクターについては申し分の無い魅力的な表情、ポーズで魅了してくれる。
 当時は物足りなかったラストの盛り上がり、行き当たりばったりな展開も今見てみれば実に人間くさい展開と感じられ、完全にすっきりしない、割り切れない物語として現代的だと感じるくらい。
 原作から大きく変更されたキャラクターの位置づけも実に上手くはまっており、適切な物量をきちんと配膳した誠実な映画作品なのが分かる。
 
 難点を挙げるなら、(安彦氏が監督した映画共通の特徴なのだが)アニメーションの『動き』の魅力が乏しいことだろう。
 詳しくは別の機会になるが、安彦氏の描く絵は静止しているのにものすごい躍動感を持っている。不安定なポーズに動きを込めて、静止画としても見栄えのする一瞬を切り取っているのだ。(東京オリンピックの短距離走スタートを横から写した有名なポスターを想像してもらうと近い)
 これはまさに傑出した才能で、他に似たような印象を持つ作家に会ったことがないが、なんとこれがアニメ監督(特に絵コンテ作成)としては特大のマイナスになっている。動かすほど動きを感じなくなるのだ。静止画の方が動いて感じるのである。
 特に目立つのが『全作画のシーン』『同一カメラアングルで近づいてくる対象を写すシーン』で本来非常に速い動きを表現するシーンなのに、とてももったりとして残念に感じる。
 
 見終わった後、けして大団円ではないのに、すっきりと後味が良い。
 キャラクターがきちんと人格をもっており、それを全うした末にたどり着いた、ろくでもない世界。しかし、物語中にはぐくまれた希望はある。
 
 1本の映画として実にまとまりの良い素敵な作品だと思う。

2022年7月11日月曜日

シン・ウルトラマン

映画「シン・ウルトラマン」新ビジュアル公開! - GAME Watch
★★★
☆☆
~再会に向けたドレスアップ~

 2022年5月公開の邦画。実写特撮。

 1960年代の着ぐるみ怪獣(ヒーロー)特撮TVシリーズ『ウルトラマン』を新解釈、再構成した作品で、監督は『ガメラ』の樋口真嗣。脚本は『エヴァンゲリオン』の庵野秀明。両者とも往年のSFに並々ならぬ造詣と思い入れを持つ、まさにうってつけの人材配置。

 すべての映像的な種明かしが『CG』の一言で終わってしまう昨今、何が実写で特撮なのか定義しがたいが、昔ながらのSF特撮映画の雰囲気を意図的に強く押し出した映像、内容となっている。今回視聴した劇場では特別セット上映としてTVシリーズのウルトラマン第33話「禁じられた言葉」が映画本編の後に流され、比較がとても楽しかった。

・リアリティラインを下げて見るべし

 現実との剥離をどれだけ許容するかというリアリティラインについて、そもそも怪獣が出てくる映画だと考えて、許容量を大きくして挑んだ方が吉。
 これはばかばかしい内容というのでは無く、細かなことにつっかかっていては、せっかくの作品を楽しむことが出来ないのでもったいないということ。
 自分の印象としては、TVのウルトラマンを見たときと同じくらいの見方で良いと思う。
 例えば司令室から逃げ遅れた住民をカメラで確認し、自分が行きます! と宣言して助けに飛び出し、すぐに現地に着くなど。
 変に現実的な制限をかいくぐって回りくどくなるより、むしろすっきりサクサク物語が進んで小気味よいというのもだ。

・安っぽく見えない、昔ながらの映像

 おそらく今作のテーマ1つが、「現代の技術で往年の特撮を違和感なく再現する」ではないかと感じる。
 怪獣やウルトラマンはCGで再現。背景も多くの箇所でCGが使用されている模様だが、良くあるCG的な映像づくりになっていない。
 もっとも顕著なのがカメラ割りで、CG映画特有の動き回るカメラが全く封印されており、特撮で可能だと思われるカメラ位置、挙動にとどめられている。
 そうした上で、映像の安っぽさ、ちゃちさ(いわゆる糸でつったのが丸見えの飛行物であるとか、着ぐるみが丸わかりの怪獣の制限された動きとか)を払拭。現代クオリティに整えられた、今風ではないカット割りの映像となっており、これが中々魅力的。一周回って目新しい。
 映画が進む毎にカメラや映像の自由度は「現代」に近づいてしまい、力尽きたのか、計算なのかは分からないが、全編新古典主義で貫いて欲しかった。

・原作をもっと知っていれば、もっと楽しいのだろう

 同時上映された「禁じられた言葉」はシン・ウルトラマンの核に据えられた元ネタなので、見比べるといかに原作を尊重し、愛情を持って組み立てられたのかがよく分かる。
 巨大化させられた女性隊員、メフィラス星人との対決シーンの独特の間、などはすべて原作由来のものだった。ゼットンの「一兆度の火球」も、とんでも設定としてネタにされていたものを、うまく物語の規模拡大の足場にしている。
 他の要素にもさまざまな思い入れがたっぷり詰まっているのだろう。
 これは知っていればさらに楽しい要素なので、知らなくとも別段問題なく楽しむことが出来る。自分はマニアとはほど遠い、ウルトラマンを多少見ていた程度だが、特に引っかかること無く楽しむことが出来た。

・結局懐古趣味から抜け出せない

 人物パートがバタバタして鬱陶しいのがきつい。
 怪獣パート以外の会話シーンではやたらと小刻みにカットが切りかわって、アングルもアップやあおりが多く、小手先感を感じずにいられない。やりとり内容もあまり重要ではない情報が多く、退屈。
 怪獣シーンは子供でもワクワクしてみられそうだが、人物パートが多いため一緒に見るのは厳しい印象。薦められない。かといって大人向けかといえばがっつり観るにはガバガバで、結局、懐古的な楽しみを高齢層に提供するために作られた、という解釈になりそう。
 TV版のガバガバ具合を楽しめる(楽しみ方を知っている)人に向けられており、それ以外の人にはいまひとつピントが合わない。子供達には放送中の最新ウルトラマンがあるわけで、結構人気らしいし、欲張らずに的を絞ったと考えれば実に懸命

 

 巨大化した女性隊員を見上げるアングルが性的だと話題になったが、原作由来だと知っていれば、あざとさは感じない。
 原作では隊員服であるツナギで巨大化したが、今作では仕事服がスーツだったのでスーツ姿で巨大化しているというだけ。見上げるシーンも、巨大な人物の巨大感を出すのに当たり前のアングル。特段ねちっこい表現も無く、これに難癖つける人は生きづらかろうと同情する。製作者は耳を貸さずに無視していれば良い。
  ※「禁じられた言葉」の同時上映はこの評判に対する対応だったのかも知れない。

 それよりも全般に顔面アップのカットが多かったために、この巨大化シーンの顔アップのインパクトが無くなっている方が問題。肌の質感は何と「禁じられた言葉」の方がすべすべで綺麗。これは撮影画質の問題なのだろうが、アップが多いわ肌の荒れが見えるわで、大画面では不快なカットが多い。
 
 懐かしい作品に再び合ったとき、古さを感じすぎないように現代風に適度にアップデートしました、という、再会向けのドレスアップ作品