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2014年5月30日金曜日

アメイジング・スパイダーマン2

 

★★★★
~1・2作合わせての作品~


 一作目はこの二作目の前振りだったのか! と驚くほど面白い。
 敵役のエピソード、ヒロインとのエピソード、ヒーローの過去にまつわるエピソード――。一作目で描かれた断片が焦点を合わせるクライマックス。そして失意と復活。
 二時間半と長い映画ではあるが、盛りだくさんの要素をきちんと消化して一作の中に折りたたむ手腕は見事としかいいようがない。

 特に最後の下り、長い年月が流れ、それとともに変化するピーター・パーカーの心と分岐点が描かれる部分。映画の終盤であり、下手にやるとそれまでのドラマを全て薄っぺらにしてしまう危険がある。これを必要最低限の時間で秀逸に演出している。
 特にラストシーンはとてつもなく尻切れトンボなのだが、ここまで見てきた観客にはその後のシーンが目に浮かぶ。描かず、余韻と想像力で潔く終わるこの形は盛りだくさんだった映画の後味をきりっと引き締めて、ああ面白かったと思わせてくれる。フルコースの後のフルーツシャーベットのようなもの。
 映像的にも高速で移動しながらの戦闘シーンは3D効果と相まってインフレの行き着いたような迫力。そもそも今回のメイン敵役エレクトロは自身を電気に変えて自在に移動、攻撃するというとてつもない能力の持ち主。一昔前なら不可能だったろうその戦闘シーンは、イマジネーションさえあれば、どのような映像も作り得る現在の映像魔術の粋を感じさせてくれる。
 最後には次回作への引きも用意され、四作目までの製作が決定しているというが、一二作目が二つで一つであるように三四作もそういったくくりなのかも知れない。そうすると三作目のテンションは下がるだろうか……。楽しみ。
 ※残念ながらこのシリーズ続編はその後キャンセルされ、またリブートされる流れに……。会社の都合で振り回されるコンテンツであるが、それだけ根強い人気があるということなのだろう。

 エンドロール中に、なぜか少し遅れて公開の「Xメン future&past」の宣伝が差し込まれる。同じマーベル原作だが、映画化権利者が異なっているスパイダーマンとXメン。まさかのコラボレーションかと思ったら、政治的な駆け引きの生んだただの宣伝行為だということ。むやみに期待をあおるのはやめて欲しいしものだ。

アメイジング・スパイダーマン

★★☆☆☆
~新旧比較~

映画館で見たきりだったのだが、続編公開に合わせてテレビ放送されたのを再鑑賞。

やはりサム・ライミによる前三作のシリーズ(2002~2007)と比較することになる。
サム・ライミ版一作目からちょうど10年目の2012年公開。
映像技術は当然時間なりに高まっているのだと思うが、インパクトいう点で前シリーズに劣る印象。
蜘蛛の糸による移動シーンも、スリリングな空中戦も、豪華で見栄えのするものだが、前と同じように感じられる。

スパイダーマンの誕生が描かれる点は同じだが、設定や物語は大きく異なる。
アメコミの状況や、スパイダーマンの歴史は明るくないのでどういった前提によるのかは分からないが、思っていた以上に違うので前シリーズの焼き直し感は薄い。
主人公、ピーター・パーカーの人格、ヒロイン、スパイダーマンになる過程、はじめの敵……。
十分別物として楽しむことができる。

自分が寂しく感じたのは、ピーターがかなりのリアル充実組に入っていた点。

前作では学校ではからかわれ、カメラだけが外界との接点であるかのような、根暗の秀才。
そんなピーターがスパイダーマンとなり立場を逆転させていく痛快さが強く押し出されていた。
今作では端から結構イケてる。いじめられる方ではなく、いじめている側をとがめる強さを持っている。(その後ボコられるが)
スマホを使いこなし、恋人も早々に手に入れ、卒業式の充実っぷりと言ったら……。
何もかも思い通りかというとそうではない。前作では叔父叔母を親族の中心にすることで軽く過ごしていた両親の不在とその原因が新ピーターの大きな問題となっている。前作では叔父の言葉がピーターを規定するものだったが、今作では実父、叔父、彼女の父、と様々な父性が主人公を導き、また縛り付けている。

ヒロイン像に関しては今作の方が確実に一般受けするだろう。
前シリーズのヒロイン、メアリー・ジェーンはこれでもかというくらい惚れっぽい。一本の映画中で4人も渡り歩くという凄まじさ。そういう女性に惚れるピーター・パーカーがまたオタク気質でたまらんと言う手合いもありそうだが、万人受けしそうにない容貌と言い中々強烈。
今作のヒロイン、グウェインはまるっきり反対で、一途であり、理性的であり、地に足がついており、かわいい。確実に軍配はグウェインに上がる。

ヒーローとヒロインセットで見比べてみると中々に興味深い。

前シリーズはさえない秀才とビッチ(最近はそんなに悪い意味でもないらしい)。お互いあまり裕福ではない家庭。
ヒーローは堅く、ヒロインは緩い。
根本的にさえない者同士が、様々な事件を経て陶冶されていく。人並みに近づいていく。
スーパーヒーローとしての活躍はあれど、ただのラブロマンスとしてみた場合、非常に身近だ。

新シリーズは普通の青年(多少学力はありそう)と才女。ヒロインは割と裕福。主人公の貧乏描写は少ない。
ヒーローは軽く、ヒロインは堅い。
すでに一定の地位や自分を持っている者同士が、それ以上を求めて悩み、求める。
スーパーヒーローであることは早々にヒロインとの共有事項となり、おとぎの国のラブロマンスだ。

前シリーズの垢抜けなさに比べて今シリーズのなんと洒脱なことか。
これが10年の世の変化だとは言わないが、ああ、そうかもなと感じなくもない。
旧ピーター。公私を切り分け、仕事(ヒーロー)をまじめにこなすあまり家庭を顧みない古いサラリーマン。
新ピーター。仕事(ヒーロー)はそれなりに私事を重視して人生を楽しむ今風のサラリーマン。
ちょうどそんな感じだが、良い悪いではないと思う。
異なる主題を持ち、それにアプローチした結果だろう。
今作の主人公達は十分に魅力的で、スピーディーで、楽しい。

ただ、さえないピーターが僕は好きだった。

まじめで、それなのにM・Jなんかに惚れて、小学生の時からずっと好きで。
ヒーローであることを受けとめ、責任を持ち、暑苦しくのたうち回って。
どこまで行っても垢抜けないピーターが僕は好きだったのだ。

比較はここまで。
単体作品として観た今作の弱点として、敵に魅力がない。
リザードマンは壁も移動できるししっぽもある。爪も強力で再生能力も驚異的。
強いが、ただのでかいトカゲだ。
絵的な見所はスパイダーマン側のアクションが主体になり、見所が少なく感じる。
話も決着のつかない要素が多く、尻切れトンボの印象が強い。
続編前提なのだろうが、単体で見た時のすっきりしない感じはひとまず評価を下げるだろう。

それにしても、なぜこんなに早く新シリーズを立ち上げなおしたのか。
旧シリーズ三作目は2007年公開。五年空きはやはり短いと感じる。
ハルクも気がつけば同じ話が映画化されており、アメコミ系実写映画の乱立にはいささか閉口する。
きっちり3Dにするための新シリーズ、と考えれば多少すっきりするかも知れない。

2013年6月16日日曜日

華麗なるギャッツビー(2013年版)

★★★☆☆
~男惚れするいい男~

1925年の小説を元にした映画作品であり、これまでに幾度も映画化されている。
自分はそのどれも未見だったので、この映画が初めての「The Great Gatsby」となる。
見ていなくとも、言葉として華麗なるギャッツビーという単語は耳にしていたし、ギャッツビーがどうやらいい男の代名詞的な扱いであることも感じていた。きざな格好つけの男、というネガティブな印象を勝手に持っていたのだが、物語の中のギャッツビーはどうにもこうにも、いい男だった。
前向きで、意志が強く、純粋で、危なっかしい。恋に盲目で愚かとも映るかもしれない。
ギャッツビーは、そういう、男が惚れる男だ。
女性にとっても、理想的な男と宣伝されていたが、自分はそうは思わなかった。彼の想いは、女性の曖昧さを許さないあまりに純粋なものだ。多くの女性にとって、それは正論の暴力になるだろう。

今作は3Dでも上映されており、そちらで鑑賞した。アクション映画ではないし、3Dにする意味があったのかどうかは疑問。3D間を生かすためか、やたらと動き回り、無理矢理気味の画面作り。もっと落ち着いた画面の方が、より物語を楽しめたのではないかと思う。今作以前の映画がどんなものであったのか興味が湧いた。

主人公は狂言回しのニックにトビー・マグワイア。ギャッツビーにレオナルド・ディカプリオ。
トビー・マグワイアの滲み出る人の良さと、正義の心。ディカプリオの苛烈な激情と子供のように純粋な表情。
みごとにはまったキャストだと思う。

この物語の魅力は、すでにこれまで証明されてきている事でもあるが、時代を超える。だから、また未来でリメイクされるだろう。時代時代のセンスを受け入れながら、どのような作品になっていくのか、将来出会える日が楽しみだ。

2012年12月21日金曜日

リンカーン -秘密の書-

★★☆☆☆
~違和感のある強さ~

「ウォンテッド」で鮮烈なイマジネーションを見せた:ティムール・ベクマンベトフ監督作品。
あの、エイブラハム・リンカーンが実はバンパイアと戦うハンターだったというとんでも設定。どう料理されるのかという期待に反してどうも面白味のない作品だった。
リンカーンを筆頭に登場人物に魅力を感じないのがつらい。
時間に比して描きたいエピソードが多すぎるのか、早回しのあらすじを観ている印象で、物語の流れは分かるのだが、それが心に竿をささない。
キャラクターはそれぞれに魅力的な要素を持っていると思うのだが、主要人物が多すぎるのか、各人を描き切れていない。典型としては、リンカーンのヴァンパイアハンターとしての能力。怪力、不死身、透明化。このような力を持つ化け物に立ち向かうリンカーンのハンターとしての能力に全く説得力がない。
ヴァンパイアに恨みを持つただの人間がそれらと互角に戦うには、とてつもない修行が必要だと思うのだが、観る限り極短期間、斧を振り回していただけだ。あれで対抗できるなら誰でも対抗できる。ひょろりと背の高い印象もハンターの印象としては良くない。ぶっちゃけていうと、全く強そうに見えず、戦っているときでさえ違和感の方が強いのだ。

これら不満点は同じ原因からの問題だと思う。
リンカーンは余りに有名で、すでにエピソードが多すぎるのだ。
友人や妻子の構成。アメリカ南北戦争。政治家のリンカーンを描くだけでてんこ盛りなのに、ヴァンパイアとの暗闘まで背負わさせるのは酷すぎる。
なまじ有名人物が周囲にいるため、人物の配置にも制限が生じているようで物語としての役割がかぶっている。

最後の頼りは絵の力だが、馬群に紛れての戦闘や、ヴァンパイア達との乱闘など、ストップモーションを織り交ぜた映像は迫力ある。が、今一つ独創性を感じることもなかった。

上映時間は100分台と、比較的短めだ。多少延長してその時間を特訓や人物の彫り込みに当てていれば全体の印象がずいぶん変わったと思うが、そうできない諸処の事情があったのだろう。ウォンテッドを気に入っていただけに残念だ。

2012年4月13日金曜日

クリスマスキャロル(2008ディズニー版)

★★★☆☆
~不気味の谷を越えた~

幾度も映画化されてきたクリスマスストーリーを「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のロバートゼメキスが3DCGアニメで映画化。
監督は昨今、役者のモーションキャプチャーを重要視した3DCGアニメ作成に熱心であり、「ポーラー・エクスプレス」「ベオウルフ」を同様の技法で制作してきた。
CGを多用した普通の実写映画とは異なり、全編が3DCGで作成されているが、ピクサー系の3DCGアニメと比べると人物造形は基本的に実写指向。独特な立ち位置のスタイルだが、今作でようやく一定の成果を上げたのではないかと感じる。

CGが実写に近づいていくほど細かな差異が目につくようになり、結果、人間の見た目をしているのにどこか違う異質な存在と感じてしまう。これを「不気味の谷」といい、その崖の深さが認識されるとともに穴を埋める手法も続々と開発されている。

今作も違和感はそこかしこに感じるが、ポーラーエクスプレス(同監督が同様の手法で撮ったCG映画)よりも格段に進歩したと感じる。細々とした技術革新、スタッフの努力のたまものだろうと思うが、ほとんどが薄暗い夜の場面というのが大きいのではないだろうか。
ろうそくで灯りをともす時代の物語で、その上題材はクリスマスイブ。
全編のほとんどが闇に沈んだ画面である。まばゆく明るいのは精霊達が出てくる場面くらいで、そこはしっちゃかめっちゃかにど派手。細かい点に不気味を感じるたぐいのシーンではない。

不気味の谷に底が見えたのと同時に、3D上映の問題を見せつけられる。
暗いシーンでは立体感をあまり感じる事ができないのだ。
ひとくくりに3D映画と言っても上映方式は一通りではないが、共通の欠点として、画面が暗くなる、というものがある。その分輝度を上げて上映しているのだが、最大輝度が下がることだけは避けようがない。
また、画面の暗さは視覚の感知→理解能力を鈍くさせる。初期3D上映の方式に、眼鏡をかけて片一方だけ暗くする、というものがあった。これで横にスクロールする映像を見ると、なんと暗くなった方の視覚の感知速度が鈍るため、結果左右で視差が生まれて立体視が可能となるのだ。これは出崎統監督のテレビアニメーション「家なき子」で実際に放送されている。眼鏡を配布さえすれば放送側は何の手間も入らず、スクロール多用の映像を作ればそれでよいのだから数十年前でも可能だったのだ。余談だが、出崎統監督の映像スタイルの一パーツとなった多重スクロールの多用は、この作品で考案、使用されたのがはじまりだ。
閑話休題。
そのようなわけで今作の3D上映は、立体感を楽しむことのできるシーンが少ない。その分特定の箇所において3D効果が強く印象づけられるし、3D感が強すぎて疲れることもあまりない。節度のきいた3Dということもできようが、やはり暗い画面をさらに暗くしてみさせられるというのは、それだけで負担感が強い。
心に残る3Dシーンもある。
若かりし頃の思い出を見る場面。踊る女性の胸元の艶やかさ。その実在感。
エロは新媒体普及の鍵だと言うが、確かに強烈な印象を心に残した。それがディズニーのアニメ映画であったことがいささか不思議ではあるが、実写3Dよりも、誇張されたCGの方が3D映画に向いているということなのかも知れない。

2012年2月26日日曜日

ピラニア3D


~期待通りなんだけど~
★★☆☆☆

B級映画の代名詞といわれる作品をリメイク。
夏。水着の美女。露出。人喰い魚パニック。
およそ想像したとおりの映像、物語が展開し最後まで期待を裏切らない。
ともかくお色気。ともかくスプラッター。生々しいもの同士がぶつかり合う映像は、なにか性欲を越えた別の欲情を発現させられそうである。

このようにサービス満点の本作だが、肝心の3Dがいただけない。
CG部分はともかく、実写素材は明らかに後付けの3Dである。

どのように後付けされるのか、詳しい手法は分からないが、おそらく延々と領域選択、3D情報の設定を行うのだろう。手作業の限界から粗の見えるシーンが多発している。
整理がてら後付け3Dの特徴を挙げてみる。

・人物の輪郭が不自然
輪郭を回り込んだ画像の情報が足りないために、輪郭に注視すると違和感が強い。人物が金太郎飴のように向こう側に垂直に延びているように感じられる。

・細かい立体区分けがなされていない
空中に張られたロープなど細かい奥行き設定がされておらず、ひとかたまりの立体感になっている。ピラニアでは船のロープがよく画面に映るため、違和感を感じる場面も多かった。

・微妙な凹凸がおかしい
人間の顔アップのようになだらかな立体感の表現が弱い。適切な立体感を手付けするのはとても大変だろうし、顔のように誰もが見慣れた立体感は違和感を感じやすい。

・CG部分との差異
CGで作成された部分は厳密な立体処理がなされている。(計算で作成するのだから当然だが)
これとい実写立体感の差異が苦しい。カット別の違和感。同じが面の中の立体精度が異なる違和感。

と、上記のような点が明らかだろう。
いくつかの後付け3D映画を見たが、かけたであろう手間、つまりは金額によって同じ後付けでもそのクオリティには大きな違いがある。時間と労力をかけて丁寧に丁寧に処理すれば、ネイティブ3Dと遜色のないレベルまで持って行くことは可能だろう。ただそうすると、元から3D撮影をした方が良かったのではないかというジレンマが近づいてくる。
後付けの技術、経験蓄積によるクオリティ向上は全体傾向として明らかだ。
今後もこの形式での3D映画はどんどん出てくると思う。ただ願わくば、追加料金に納得がいく程度の魅力は保持してほしい。
その意味で、今作は望まれるレベルに達していないが、お色気シーンを3Dという目論見については一定の頑張りを見せており、全体ではまずまずといった所か。

2011年8月7日日曜日

ハリー・ポッターと死の秘宝 Part2

※リンクはPart1です。

★★☆☆☆
~けつが痛い~

冗長で長い。
この一言でこの作品の特徴がほぼ表現しきれる。

七作続いたこのシリーズもこれで最後。幾人もの監督の手を経てこの長いレースを完走しきったことに惜しみない賛辞を贈りたい。シリーズ制作を維持できないファンタジー大作もある中で、人気を持続しながら八作品を継続して出し続けるのはすごいことだ。

八作目はシリーズ初の3D上映。さほど3D感は強調されていないが、見やすく、アクションシーンの魅力を増加するそつない立体効果だった。どちらでも良いのなら3D版を見ればよいと思う。字幕版でも特に違和感を感じる点はなかった。

物語はシリーズ中盤からの流れを引き継いで、魔王との最後の決戦。バタバタ人は死に、追いつめられ、泥沼の中で延々もがくような雰囲気。
おそらく、ハリー・ポッター原作自体が、途中からおかしい。
爆発的なヒットを飛ばした一作目~三作目程度までは、未知の魔法世界を体験する驚き、喜びに溢れていたのが、中盤以降は出生の秘密やら宿命やら魔王の策略やら鬱に鬱にと潜り込んでいく。それはまるで「サルでもかけるマンガ教室」で「とんち番長2」が陥った状況だ。(わかりにくい例えですいません。本当にぴったりなので)
まじめにまじめに展開しすぎて、息を抜ける瞬間のない、重く、どんよりした作品になってしまった。誰もそんなの望んでいなかっただろうに。

今作はそういう溜に溜めまくった鬱屈を一息に吐き出す気持ちよさを持てたか? 残念ながら答えは否だ。最後もすっきりしない中途半端な印象で幕を閉じる。これまた例えで恐縮だが、「魔女の宅急便」で最後の飛行船事故の下りがまるでない状態だと言える。確かにその部分が無くともきちんと鑑賞すれば物語がまとまっているのは分かる。しかし、ここまでシリーズを経た果てなのだから、もっと分かりやすい喜びのシークエンスでまとめても良いのではないか。
加えて今作は先にも書いたように冗長だ。
スローモーションの多用。余韻を持たせるゆったりとしたシーンの頻出。緩急織り交ぜるバランスが悪いせいか、やたらと長く感じるのだ。正直お尻が痛くなり、3Dならではの姿勢を強要される感覚と相まって、ずいぶんつらかった。
一作を二つに割ったから? 最終編の重みを出すため? ともかく、そのあげくにあのラストなら、もっと早くまとめてハッピーなシーンを増やして欲しかった。

思うに、映画作品は原作に忠実だったのだろう。
原作を読んだわけではないが、一筋縄ではいかないぞ、という気負いを展開の端々に感じる。それは意固地で頑固な香りがして、少々鼻につく。とかく素直ではなく文学作品ぶろうとしているような。
これはイギリスのファンタジー作品全般に言える気がするのだが、教訓や宗教的寓意性のために、物語のつじつまや登場人物の心情を無視しすぎではないだろうか。もしくは長大な作品がために、一貫性を失っているのか。

結局、描かれるエピローグも内容は大団円のはずなのに不思議と敗戦国のけなげさと言った雰囲気で、終わったという満足感も喪失感も感じない。ただ、すべてのシリーズを見たという、内容とは関係ない達成感のみだ。
世界はそれでも営み、続いていくよという至極まっとうで地味な正論をもって、長いシリーズを終えている。それは志高く立派なことかもしれないが、このようなお祭り大作でそれを露骨にやられるのは、場違いな気がする。単純に言うなら、好みではない。

2011年2月19日土曜日

ナルニア国物語 第3章アスラン王と魔法の島



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★★☆☆☆
~色々苦しい~ 

児童向けファンタジーの草分け第三弾。
試写会にあたったのでいそいそと出かけてきた。
一章は見たが、二章は未見。

シリーズ初の3Dを売りにしているが、その出来はあまり良くない。
立体感が奇妙に感じるシーンが多く、どうやらこれは後付けの3Dではないか。おそらくCG部分やエフェクトはきっちり3Dで作っている。だが実写撮影は通常のカメラで行われ、後処理で3D情報を付加してほかの要素と合成しているのではないだろうか。
その後処理がうまく行っている部分は良いのだが、ラスト直前の人物アップで鼻の回り全体がずれて隆起したように感じる所など、おかしい部分は明らかにおかしい。
「クラッシュ・オブ・タイタン」よりも遙かに良い3D映像ではあるが、どうにもあらが見えて没入の妨げとなっている。

物語はどうにも説教臭く、また、特定の方向性を感じる。いわく、キリスト教の説話っぽいのだ。なにがなにを象徴しているのかを考えることも出来そうだが、そこまでの興味を覚えない。
登場人物の心情はどうにもつぎはぎで一貫性がなく、エピソードを羅列しただけの印象。二章を見ていないから、というだけではないちぐはぐ具合を感じた。
そもそも旅の目的が曖昧。どこになにをしに行くのかどうにも判然としないまま「純粋な悪」を倒せとか言われて失笑。

失笑といえば狂人の表現に余念がない。この物語でもっとも醜く、嫌悪を感じたのは使命感をもった貴人が恐怖に奇人になり果てた姿だ。これがもうびっくりするほどのネガティブ大活躍で、あまりの働きに爆笑した。
これなどは使命を諦めた、堕落した人物への恣意的な罰を描いたのかと勘ぐってしまう。

ほとんど唯一と言って良いくらい心和むのが、人語をしゃべるネズミ剣士だ。ネズミというより寸詰まりのフェレットのていだが、その躍動感と愛らしさ、毛のもふもふした感じなど見ていて前のめりになってしまう。同様にしゃべるライオンも出てくるが、たてがみの美しさに手を伸ばしたくなる。3D映画だしね。

見終わった後ポスターを見ると、売り方も苦しい。ほとんど登場しない端役が大きな面積を締めているのに気がつく。同様に児童ファンタジーの映画化「ライラの冒険」は続編の噂を聞かないので、それに比べ続編が出るだけの人気はあるのだろう。試写会は子供連れが非常に多かったが、話は分からずともネズミ剣士は人気があるようだった。 

2011年1月22日土曜日

バイオハザード  -アフターライフ -

★★☆☆☆
~PV映画~

映画館にて3D上映を鑑賞。
第四作となるが、一作目しか見ていないので意図通り楽しめているのかは心許ない。

物語の冒頭が東京、渋谷交差点から始まるのが話題となったが、確かに日本人監督にはどうしても撮れない、外国としての東京はムードをもって美しい。まるで音楽のプロモーションビデオのようだ。
だが、そのまま最後までプロモーションビデオな感触なのだ。

とにかくストップモーションが多用されており、3Dと相まって目が楽しい映像に仕上がっている。ただ、その表現が必要なのかと考えると、このストップモーションは明らかに使いすぎ。ぎりぎりシリアスを保つ量で、もう少しでも多ければシュールなギャグ映像になっていたかも。

「タイタンの戦い」のように通常撮影後に無理矢理3Dにしたのではなく、きちんと専用カメラで撮影した映像は素直な臨場感をもって迫ってくる。
白黒でもカラーでも、映画作品そのものの価値に優劣はない。ただ、カラー映像は情報量の多さからくる白黒とは異なった体験を与えてくれる。
3Dも同様だ。
それ自体が優劣を決定する要素ではないが、映像表現として有効な情報量を持っている。これから表現や技術が洗練されていき、特にロードショーでははずせない要素となっていくだろう。客単価の上乗せを正当に迫れる点も映画館に好まれる点だ。映画館の復権はここから始まるのだと予感する。

物語自体は、どうにも浅はかだ。
映像として見栄えのするシーンをつなぐための言い訳、程度の意味しか持っていない。そりゃ創作なのだからご都合主義で当然なのだが、それを包み隠すのが脚本の力ではないのか。あまりにむき出しのご都合主義に唖然とせずにはいられない。無神経とかそういうレベルではなく、B級を指向したかのような豪快さなのだ。説得力や臨場感という要素を、3D映像に全て吸い取られてしまったのだろうか。
これは自分がシリーズをきちんと観ていないことも原因だと思うので、シリーズのファンにはまた異なる楽しみがあったのかも知れない。

総論としては、憎むこともなく絶賛することもなく、ただ映像が楽しめたな、という良くある映画におくる定型文。

深く考えずに楽しむことの出来る娯楽映画。

となる。

2010年9月21日火曜日

トイストーリー3

~何の不満もない傑作~
★★★★

映画館で3D鑑賞。
人間には内緒で動き回るおもちゃ達の冒険。
CGアニメの黎明期を一作目で切り裂いたシリーズの三作目。長足の進歩に驚きを隠し得ない。

練り上げられたストーリーは、まるでそこしかない細い穴を通すように繊細に紡ぎあげられており、見事に感情を操作される。とぎれない見所。全体の密度も過不足無く整えられ、鑑賞中に我に戻る機会が無く、没頭して楽しむことが出来る。
敵味方、どんなキャラクターにも愛すべき点があり、それぞれの存在感に奥行きを感じる。自分は1、2をきちんと通して鑑賞したことのない曖昧な印象で3を見たが、序盤で綺麗にキャラクターを理解できるし、不都合は全く感じなかった。
が、この物語をリアルタイムに楽しんでいた世代には、特別にすばらしい作品となるらしい。

登場するおもちゃ達には持ち主がいる。
一作目では小学生だった彼は、作を追うごとに、実時間に即して大人に近づいていく。今作ではついに大学入学の年齢となり、おもちゃ達の扱いをどうするのか、愛情が深いほど苦しい状況を突きつけられる。この苦しさは、おもちゃを愛する持ち主にとっても、持ち主を愛するおもちゃにとっても同じものだ。

持っているおもちゃが動いたら楽しいだろう、という子供の夢をそのままスクリーンでかなえてくれた一作目から、おもちゃの持ち主と近い年齢で楽しむことの出来た多くの人にとって、作品中のおもちゃ達は誰でもない自分のおもちゃに等しい。今作が描くおもちゃ達との決別は、まさに自分の問題だ。
ひときわ強い感情移入をもって今作を鑑賞し、たどり着いた結末にどんなに涙しても、それは恥ずかしいことではない。また、その涙は後ろ向きの回顧的な涙ではなく、これからの人生を凛と生きていく力になる、心強い涙であろう。

最後に、ピクサーのCGアニメに特徴的な徹底したローカライズによるものだと思うが、日本人にとってもはや最大公約数的なあのキャラクターが画面に登場する。このような点も物語を身近に感じさせる一つのテクニックなのだろう。

アリス イン ワンダーランド



~チェシャ猫ふわふわ~
★★★☆☆

ジョニーデップとティム・バートン。おなじみのコンビが描く、狂気と耽美の映像美学。2010年公開。シャッター方式の3D上映で鑑賞。

3D映画をみるのは4作目だったが、びっくり映画でもなくただのうたい文句でもないきちんとした3D映画。。密度の高い画面要素にさらに奥行き情報が伴った、しかし情報過多ではない、きちんと設計されている。
なんちゃって3D映画として冷笑の対象となる「タイタンの戦い」をみて、3Dもだめかなあと思った後だったので、ずいぶんと心救われた。

大人になり、結婚適齢期を迎えて己の意に添わぬ事を「仕方がない」と受け入れざるを得ない立場になったアリス。彼女の前に、今再び、懐中時計をたずさえた白いウサギが現れる。しかし再び訪れた不思議の国は、かつてのワンダーランドではなく、狂った世界(アンダーランド)になり果てていた。

ここまで前置きを聞いて、興味を引かれぬはずもない。今作は世界で記録的なヒットを記録し、ティム・バートン監督の最大のヒット作になったという。
みてみると、それにも納得。この映画楽しいよ。

もともとティム・バートン監督の真骨頂といえば、ハイテンションな登場人物の突飛な言動と、尋常ではないが統一感のある世界表現。考えてみればアリスほどこの監督に適した題材は無いのではないか。
独特の世界観を持った原作の上に、さらにいびつな妄想が積み重ねられて、アリスが再訪した世界は、まさに狂気の世界。もともと強烈な登場人物の個性がさらに際だち、物語が存在しなかったとしても、紀行物として十分に楽しむことが出来そうだ。

そして今回、物語も気持ちがいい。
大人になろうとしているアリスが、アリスであり続けながら大人になるために必要だった心の旅。それがこの物語だ。
不思議の国のあれこれは、そのまま現実の寓意として直結しており、アリスはそれらを自分の中に消化して、新しい物語へと旅立っていく。細かな理屈は必要なく、ただ気持ちとして納得できる。

心技体のそろった、バランスの良い作品だ。

蛇足だが、チェシャ猫がかわいくてたまらない。
ふわふわ浮いて、好き勝手に姿を消す笑い顔。
猫バスに似すぎだとの意見もあるが、柔らかそうな毛並みは3Dとなって魅力満点だ。

2010年6月6日日曜日

タイタンの戦い

 
★★☆☆☆
~誉めにくい作品~


ギリシャ神話、勇者ペルセウスの物語を映像化。
1981年の同名作品のリメイク。全作ではストップアニメーションで描かれた伝説の怪物達が、限界のないCG映像で表現される。
3D上映の劇場で鑑賞。

元々が神話。大きく改変する事もない忠実な展開のため、物語としてはかなり苦しい。ギリシャ神話は神々の人間くささが特徴だが、特にゼウスの色ボケ具合は閉口せざるを得ない奔放さ。全ての元凶の色ボケじじいが愛を口にしても失笑しか生まれない。
さておき映像はといえば、こちらも残念ながら昨今の目の肥えた観客には及第としか映らないだろう。部分部分で挙げれば、黄泉の渡し守の造形や、クラーケンの圧倒的な巨大感。かつて絶世の美女であったというメドゥーサに残ったその片鱗。みるべき部分も多々あるが全体の印象を覆すほどの力はない。

ならば3D映像としてはどうなのかといえば、見づらいの一言。シャッター式グラスの明度低下を意に介さない暗い画面の多さ。バタバタとカメラのそばで大いそがしするアクションシーン。(3D映像は目前の大きな動きが理解しづらいのではと思う)
通常のバストショットも、人物の輪郭部分に間延びするような妙な立体感があり、質の悪さを感じさせる

およそ3Dを意識しないで作られているかのように感じたが、それもそのはずで、なんとこの映画は平面映画として作られたものを、完成後にデジタル処理で3D化したものだということだ。至極納得したが、後付けの立体化はやはり違和感が強いのだとつくづく感じた。それでも3D化したのは、興行収入の為なのか、監督の要望なのか……。みる方にとってはネイティブ3Dと価格が同じなのだからどうもだまされた気分になる。

今作は一部で張られたポスターに漫画家の車田雅美のイラストが採用されている。一世を風靡した彼の作品、聖闘士聖矢(セイントセイヤ)のイマジネーションが監督に大きく影響しているとのことで、恋われての採用ということである。作中、オリュンポスの神々が光の煌(きら)めく鎧を身にまとっているのもその影響らしい。
第九地区で日本アニメ、マクロスのミサイル表現が模倣されたことといい、世界中の若手監督がどこかで日本のアニメ、漫画の薫陶を受けて育った時代なのかも知れない。