ラベル アジア映画 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル アジア映画 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年8月14日土曜日

殺人の追憶

殺人の追憶 [Blu-ray] 

~入りきれない壁~
★★★☆☆
 

 2003年に制作、公開された韓国映画。監督は『パラサイト』でアカデミー賞を取ったポン・ジュノ。

 1986年10月、農村地帯華城市の用水路から束縛された女性の遺体が発見される。地元警察の刑事パクとチョが捜査にあたるが、捜査は進展せず、2か月後、線路脇の稲田でビョンスンの遺体が発見される。どちらも赤い服を身に着けた女性で、被害者の下着で縛られた上に、絞殺されていた。<Wikipediaより>

 今作は実際に発生した「華城連続殺人事件」を下敷きにしており、公開時点でも犯人は特定されていなかった。2019年にようやく犯人が見つかったが時効が成立しており罪には問えない状況。ただし、犯人は別の強姦殺人ですでに無期懲役の執行中であったとのこと。
 
 事件を元にはしているがノンフィクションでは無くフィクション。陰惨ながらも各所魅力的な内容となっている。

 現場捜査官のパクはいわゆる前時代的な刑事。しぶとく事件にしがみついていく熱意は持つが、これが犯人だと目星をつけたら、容赦なくつきまとい、警察署内の拷問部屋に連れ込んでは都合の良い供述をさせようとする始末。スニーカーの足跡を押し込むなど証拠の捏造にも迷いが無いが今回は拉致があかない。自白強要がマスコミに漏れ捜査陣が糾弾される始末。
 そんな中、ソウル市警のソ刑事が参入。パクと異なり科学的な捜査、事実の積み上げを信条とし、拷問や強要を是とはしない。同じように強い情熱を持って犯人逮捕に挑む二人だが、対照的な存在ということになる。
 
 この構図が事件の進展に合わせて変容していくのが本作の魅力の一つ。

 

2020年8月17日月曜日

カンフー・ヨガ

カンフー・ヨガ スペシャル・プライス [Blu-ray]
※Amazonの商品リンクです。

 ☆☆☆☆
~CG合成が実写の魅力さえ打ち消す~


 2017年の中国とインド合同制作のアクションコメディ。題名の表すとおり、二つの文化の折衷をしようとしたような内容でそれぞれの文化がカンフーと全員ダンスの形でフィーチャーされているが、非常に表層的。

 中国の歴史研究者ジャックのもとにインドの大学教授アスミタが訪れる。貴重な地図を持参し、それが指し示す遺跡を一緒に探して欲しいと言うが――。

 話しはおまけにもなっていない添え物であり、きちんと理解しようとしない方が良い。シチュエーションだけを追い求めるコメディなのだ。貴重な地図を乱雑にカバンに押し込めていることからも、きちんと世界観を表現としようという気はまるでないことがよく分かる。


 冒頭10分ほどがフルCGの大乱戦シーンとなっており、出来はともかく派手。ゲームの無双シリーズみたいな映像が展開される。その後も全編にCGによる背景、合成が行われ、ビビッドな色調に統一された画風は美しいが、アクションもどこからどこまでがCGなのか分からない状況なのでジャッキー・チェンのよって立つところである実写実演の力を大きくそいでしまっている。実写と思えるところもテンポ良くするために容赦なくコマ落としされており、それがまた粗雑なコマ落としでカクカク跳んで見える始末。実写とCGの合成技術レベルは高く、違和感を感じるシーンは少ないが、結果それなりのアクションシーンが展開されるだけですごみがまったく感じられない。逆説的ではあるが、実演による緊張感や迫力というものは確実にフィルムに焼き付くものなのだという証明になっている。


 ジャッキー以外の出演者はミュージシャンやモデルあがりのきれいどころが並び、一見華やかだがこれまた個別の魅力に欠け、ごっこ遊びの域を出られていないように感じる。さらに、どうも全ての登場人物を平等に扱う縛りがあるのかエピソードが分散してキャラクター全員が薄味に。脇役は脇役であるからこそ主役が引き立つのだなと、これも逆説的に明示されている。


 国同士の関係が非常に悪い中国とインドが合同で映画を撮るということはそれだけで価値があることだと思うが、描きたい内容ではなく制作上の条件ばかりが積み重なって全てを満たすために作り上げられた作品という印象。誰もこの作品を本当につくりたくはなかったのではないだろうか。そんな疑念が湧いてくるほど無くても良いシーケンスに満ちあふれている。こういった根本的なコメディをまじめなアクションで進めていくというスタンスはそれこそジャッキーの初期カンフー映画を思い出させるが、実写実演の魅力がバランスをとっていたのだ。その魅力がない本作は底抜けでとりつく島もない脱線コメディになっており、虚無を感じさせる。


 昔からジャッキー・チェンの映画を楽しんできた身としては、さしもの彼でももうアクション映画はきついなあと感じつつ、他の若手と比べても一番魅力的な動きを未だ保持している点が嬉しかった。

2020年6月17日水曜日

山の郵便配達

山の郵便配達 [DVD]
 ※Amazonの商品リンクです。

  ★★★☆☆
~その景色はもはやファンタジー~

 1999年の中国映画。日本公開はずれ込んで2001年。
 

 二泊三日の徒歩で車も通らない山奥をめぐり、郵便の集荷配送を行う山の郵便配達。
 三日目に家に帰った翌日にはまた出発する過酷な業務を数十年続けた父は、膝を悪くしてしまい引退を余儀なくされる。
 後を継ぐことになった息子は体躯十分だがどうも仕事を甘く見ているようで心許ない。お供であり道案内の飼い犬「次男坊」も初めての旅行きに不安そうである。見かねた父は道筋と村や町での紹介もかねて同行することにした。
 いつも家にいなかった父に遠慮がちの息子。
 なかなかあえないことを引け目に思いながら、いつも息子を思っていた父。
 たった一度、一緒に行う郵便配達が二人に様々な変化をもたらす――。

 あらすじ以上の大きな事件があるわけでも無いが、美しい山々とそこに生きる人々を垣間見ていく旅路は充分に見応えがある。
 映画が作られた時点で本当にあった暮らしなのか、すでに過去となった後なのか分からないが、美しい水田、朽ち果てた建物、そこで質素に生きる人々の姿はもはやファンタジーの世界である。指輪物語の中つ国くらいの浮き世離れした景色がそこにある。
 明治や昭和初期の地方を舞台にした映画を異世界のように感じるのと同じである。見たことないけど懐かしいと感じるのも同じだろう。
 
 全体の流れも美しい。
 
 父にとっては最後の旅。息子にとっては初めての旅。二人一緒は最初で最後。
 父は山巡りの知識を息子に教え、息子は村での暮らし(村長には逆らうななど)を教える。
 旅を続けながら、父は長年の出来事を回想し、その中に妻(母)との出会いや息子の誕生と成長も含まれる。
 息子は父の仕事の過酷さと寂しさ、大切さを思い知る。
 そして二人一緒に、母の元に返り、次の日息子の旅立ちを父が見送る。次男坊も今度は息子について行く。
 繰り返し続いていく営みの中の、つなぎ目を丁寧に描いており、何とも後味も良い。
  
 父は厳しい仕事の果てに出世することもなく仕事を辞めさせられて形だが、やれ薬をくれただの、希望通り息子を跡継ぎにしてくれただの、やたら上司の対応をありがたがり、お上には逆らってはならないと連呼する。その上司は一度仕事を変わってその厳しさに驚いたとか、家まで気にかけてきてくれたとか台詞でのエピソードだけは良く出てくるが、どうにもうさんくさい。
 古く凝り固まった父の考え方という点で無理矢理感はないが、中国のむちゃくちゃな統制っぷりを見聞きすると国家を賛美しなければならない姿勢が滲み出ているようにも感じてしまう。

 今、山の郵便配達はどうなっているのだろう。

 インフラをつなぐのには電波の方が手っ取り早い。文面だけならメールでもSMSでも良いだろう。山の配達も不要となるだろうか。
 この状況は日本でも同じだろう。過疎の村を支えるインフラとして郵便など配達業務は重要だが、コストの面では負担がかかりすぎるため、様々な方法で軽減が試みられている。

 結局コロナで判明したのは、物流は非常に大切だということ。物資が行き渡ることもそうだし、便利なネット注文をあれこれ駆使しても、結局家まで届けてくれる人が居なければどうにもならない。人間には情報だけでは生きていけない。実際の「物」がどうしても必要なのだ。情報で代替できる物なのか、そうではない物なのか、きちんと判別されるべきだし、そんない綺麗に切り分けられる物でも無いのだろうというのが自分の認識だ。
 手紙なんていらなくて、メールで十分?
 多くの場合、気軽に連絡が取れるメールは非常に良いものだ。だけど、いつもと違う意味合いを持たせたい時に手紙は格別な手段となるだろう。
 本は電子で十分で、実際の本はかさばるだけ?
 場所を取らないこと、検索性が高いことなど電子本の利便性は素晴らしい。だけど、見開きの迫力、それを見越してつくられた漫画のコマ割り、指でなぞって読み聞かせる絵本。実際の本でなければと感じる場面もたくさんある。
 
 自分が見えている範囲だけで完全にどちらかが優れていると断言し、片方に寄っていく姿勢は幼いと思う。
 文化の持つ様々な側面を理解できるように心がけ、己の趣味とは違うとしてもそれは認める姿勢を持つべきだ。
 白黒つく事柄はそんなになく、大体灰色。
 それは悲しいことではなく、豊かなことだ。
 
 だから、手紙は滅ばない。
 滅びるなら、それは文化的後退だろう。