2016年3月15日火曜日

<漫画>月光条例

★★★★
~描ききったことに敬服~

※漫画作品についても、完結したものに限って感想を書いていきます。

単行本29巻からなる漫画作品。週刊サンデー連載。
うしおととら、からくりサーカスなど熱い物語を描かせたら天下一品の藤田和日郎、三本目の大長編。
狂った月の光を受けたおとぎ話のキャラクターが現世に立ち現れて暴れ回る「ムーントラック(月打)」を鎮める役割を負った主人公の戦いを描く。

赤ずきん、シンデレラ、長靴を履いた猫、桃太郎……。
洋の東西を問わぬ数多くのおとぎ話とそのキャラクター達との対峙。
シンデレラは本当に城の中で安穏と暮らしたかったのか?
浦島太郎は最後の仕打ちに何を思ったのか?
なぜ、悲しい結末の物語が存在するのか?
物語のIFの展開や、読み手の感じる理不尽をたたきつけながら異常事態はどんどんと進行していく。
主人公の出自、ヒロインの正体など、徐々に浮かび上がり、解き明かされていく謎。
架空の世界と現実の世界。それを包むまた大きな別の世界。
スケールは拡大の一途をたどり、果たして納得の行く結末たり得るのかと読者の方が心配になってくる。

とうとう最終巻。
正直、決して最高の物語体験ではなかった。
中盤以降些細な部分や些末な戦闘を延々と描き、進展が遅くなっておもしろみを感じにくくなってくる。
説教臭い上、説明的に過ぎるセリフ。
※藤田氏は読者サービスに過ぎるきらいがあり、キャラクターの細かな心情をなんとか示そうとして台詞が増える印象。
前話の終盤を次話冒頭でなぞる、「ダブり」部分の増加。(これが単行本派には特に辛い)
勿体ぶったわりに大したことのない(納得の行かない)謎解き。

気になる点を挙げればきりがない。
実際、評判も余りよいとは言えないようで、連載時の掲載順も最後尾すれすれとなり、カラーや表紙などの掲載誌による推し具合も明らかに控えめになっていた。
最後の風呂敷たたみも、努力は買うものの首をかしげる切れの悪さ。
だがそれでも、自分は胸を張って言える。

「この作品を読んで良かった」
「この作品が好きだ」

最終巻の三つの点だけで、もうこの評価は確定した。

◆一つ目
主人公の、ヒロインに対する言葉と、それに対する返答。
この上なく意地っ張りで、全ての問題を自分だけで抱えようとする二人が、お互いに寄り掛かり合ったこの問答。
これまでの全てのやりとりで、ずっとずっと越えることの出来なかった壁。
観ているこちらにとっては歯がゆく、無駄に感じ、なぜそんなに頑ななのかと腹が立つくらいだった殻をパリンと割った瞬間。
二人が昂揚に包まれ疾駆していく姿は快哉を叫ばずにはいられない胸のすくものだった。
作家にとっても読者にとっても、むろん登場人物にとっても、この時のために、どれだけの時間が積み上げられてきたのか。29巻にわたる物語は十分すぎる長さと分量で、感激の度合いを大きくしてくれた。

◆二つ目
表紙のギミック。
実は1巻の表紙と29巻の表紙は同じ構図、同じキャラクターを描いている。
わずかな違いが、この物語の結末と相まって目の回るような酩酊感を与えてくれた。
描かれているのは、月光、エンゲキブ、一寸法師、鉢かぶり姫の四人と背景の月。以下のような差異がある。

<一寸法師>
1巻:ふくれっ面
29巻:楽しそうに笑っている
<鉢かぶり姫>
1巻:顔が見えない
29巻:笑顔が覗いている
<月光>
1巻:ニヒルな笑み
29巻:ニヒルな笑み
<エンゲキブ>
1巻:笑顔
29巻:うれし泣き
<月>
1巻:三日月
29巻:満月

大きな事を為し物語を終了させたのだから、皆笑顔なのは妥当だろう。
エンゲキブはいつでも演技出来るので1巻の笑顔は演技なのかも知れない。だけど、29巻の泣き笑いは演技では出来ない表情、本当の笑顔なのだと思う。
※29巻の涙はホワイトの汚れのように見えるが、同じ絵柄は最終話でも描かれており、そちらでは確実に涙が描かれている。
三日月は「ムーントラック」の象徴の形であり、満月はそうではない穏やかな月となる。(もしくは満月は別の世界との通路であるので、月光の帰還を象徴しているのかも知れない)
ただ月光だけ変わりが無い。
彼だけは、はじめから最後まで、同じ方向を向き、同じ信念を貫き通した。だから変わらないのだ。
それならば月光に成長はなかったのか?
いや、彼が望み戦ったのは、周りの人たちを笑顔にするためである。彼以外の全員が笑顔になっていること。これが彼の成し遂げた成果であり、成長なのだ。

◆三つ目
「めいわくな話」という書き出し。
第一話は「とんでもなくめいわくなはなしをしよう」というナレーションから始まる。
それが誰の、どのような思いから発せられた台詞なのかが最終回で描かれる。
これは確実に連載開始時からの仕込みであろう。7年の歳月を経て、きちんと円環が閉じたのだ。

物語の長さに手を出せずにいる人、途中まで読んだが中だるみに耐えられなかった人。そういう人でも「うしおととら」「からくりサーカス」を読み切った人ならば、ぜひ読破してみて欲しい。28巻までの忍耐を29巻はきちんと受けとめてくれる。
一つアドバイスするなら、一気に読んだ方が良い。雑誌掲載や単行本発刊に合わせての読破はこの作品には向いていない。今回あらためて一気に読破してみると、単行本が出る毎に読んでいたのとは大きく印象が異なる。物語の勢いを保ったまま読み切ってしまうこと。熱いものを熱いまで食べるのがこの作品に最適である。

人はなぜ物語を作るのか。
漫画という形で物語を生み出してきた藤田和日郎氏が己に問いかけ続けて得た一つの結論。
それが描かれているこの作品は、全ての創作者が触れておくべき作品なのだと確信する。

ところで主人公月光の正体について、連載途中までは別の設定で進められていたのではないかと言われている。
ネットを検索するとすぐに行き当たる割と有名な話のようだが、確かにその設定の方がしっくりくる気がするのだ。
言われているにはその作品の著作権関連の処理がうまくいかず設定を変更せざるを得なかったのだとか。
これが本当なのだとしたら、大筋に変化はなかったとしてもそのプロットくらい読んでみたいなという気になる。

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