2022年9月16日金曜日

<小説>さよなら妖精

 

☆☆☆☆
~ホットケーキにいかの塩辛~

 2004年の小説。本作は先に読んだ「氷菓」と同じ作者、米澤穂信 による小説で、あのようなレビューの後なぜ読むのかと問われると、まとめて入手したからとなる。とあるミステリーおすすめリストに「氷菓」「さよなら妖精」が一緒に紹介されており、それにならったのだ。まあ、軽く恨む。
 
 「さよなら妖精」は「氷菓」シリーズの完結編として構想されたものだったのが、レーベルの都合によりそれがかなわず、再構成された作品とのこと。なるほど基本は一緒。ジャンルも「日常の謎」だが、レーベルが続編としてださなかったのは分かる。
 
 ・どうでも良い小ネタ
 ・中身が中年の高校生のやりとり
 ・全体をまとめる大ネタ

 高校2年の主人公が外国人女子と出会い、別の視点で物を考え、自分の立ち位置を客観視する機会を得るという内容。

 3年分の筆力向上があり、随分読みやすく、中二感も抑えられた内容になっている。「推理が得意な俺」の役割を、主人公ともう一人の同級生二人に割り振ったことで、自意識過剰なエネルギーが分散されたのだと思う。
 
 どうでも良い小ネタは相変わらず納得がいかない内容、謎解きだが、それほど周囲が気にとめずに流される感じなので氷菓ほど鼻につかない。登場人物の「中身が中年問題」は残念ながら悪化。時代設定が1990年代なので緩い空気は理解出来るのだが、高校生が旅館の宴会場(登場人物ひとりの家業)で日本酒と寿司刺身で宴会しながら青春トークは流石に酷い。しかもみんな呑み慣れている。
 ただ、この男女混合呑みの緊張感、浮ついた雰囲気は懐かしく、ここをクライマックスに終わっておけば青春小説として纏まっただろうにと思う。
 
 そう、問題は全体の大ネタの展開である。ヒロインの出身国の特定が謎として設定されているが、その謎解きはどうでもいい。結局はそのヒロインの帰国後の運命があまりにそれまでの展開とかけ離れているのがきついのだ。

 ホットケーキの甘みとふわふわ食感に、突然いかの塩辛をぶっかけるのである。
 
 ホットケーキは塩からの塩味を吸って生臭くなり、最悪である。強くいいたい。混ぜるな。美味しいものを混ぜて食えないものにするな。
 
 最後は「俺たちの戦いはこれからだ」と立ち上がる前の落胆状態で終わる始末。後味最悪。しかも書き下ろして追加された内容も何の救いも無い。
 読者に傷を負わせたくての構成なのだとしたら酷いし、趣味が悪すぎる。そうでないならシェフ失格だ。

 どうせシリーズから外れたのだから「日常の謎」ははずして、のんきな学生意識に現実の厳しさをぶつける青春小説としてだけ整えれば良かった物を。謎解きなんぞ無視、無くしてしまえば良かったのだ。
  
 そうせず、混ぜぬべきものを混ぜたことで作品としては「氷菓」よりも後退した印象を感じる。ほとぼりが冷めるまでこの作者の作品は読まないでいたい。

 

 

2022年9月15日木曜日

<小説>氷菓

 

☆☆☆☆
~伸びに伸びたそうめん~

 
 2001年、米澤穂信 によるライトノベル。ジャンルは「日常の謎」とのことで、なるほど事件ほどでは無い事件を扱うものらしい。
 
 今作は事なかれ主義の主人公が魅力的な女性の行動力に巻き込まれて幾多の事件と関わっていくという筋書き。脇を押さえるのは面倒見の良い親友という所を含めて黄金律的な定番の立て付けだが、別段奇をてらう必要もないだろう。これはこれで良いと思う。
 ただ、登場人物達は高校生なのだが、言動が凄まじくおっさん、おばさんくさい。中身が中年のMMORPG(ネットゲーム)といわれても納得行きそう。変に遠回しにしてこねくり回したもののしゃべり方をし、その語彙たるや全員インテリゲンチャ(知識階級)で鼻につくことこの上ない。そして何か浅い。結局ほとんどの会話に意味は無く、実質一言二言のことをものすごく水増ししている。全員が突飛なキャラクターを己の中で想定して、それを演じるのにセリフのみでなしている。
 
 つまり「中二病」患者による音読劇
 
 自分はかつて確実に中二病患者であったし、全快したのか寛解なのか、うまくその病を飼い慣らせているのか分からない。
 ただ、そういった文章や展開を見ると、人ごとに思えず恥ずかしくなって、身もだえし、うめきそうになる。今作ではこの発作により読書が数度止まることになった。
 
 やはり登場人物達の各種言動がもっとも「くる」のだが、読み進めていくと作品の立て付け自体もだんだんきつくなってくる。
 今作は主人公が普段は昼行灯だが、わずかな情報から物事(事件)の謎を解く才能を持っているという設定なのだが、その事件、謎がもうショボくてショボくて……。普通の生活に潜むちょっとした違和感、不思議を題材にするという意図した選定である事は分かるのだが、大体程度としては以下のような事件だ。
 ※本編の謎を載せるのは申し訳ないので、こんなものかという内容を勝手に考えた。
 
 ・誰もいない放課後の学校で、ひとつの教室の電気だけが一瞬明滅した
 ・いつもは通りかかるだけで挨拶してくれる用務員さんが、今日に限って挨拶をしてくれなかった
 
 その謎解きもショボい。状況証拠で推測して終わり。他の推理もどれだけでも成り立ちそうだが、そもそも駄弁るための題材なだけなので、裏取りに確かめに行くことも無いのだ。
 
 ・戸締まりの巡回をしていた教師がこの教室だけ入口に荷物が会ったにつまずき、電気のスイッチに手をついた
 ・用務員さんがコンタクトを落としていた
 
 これを披瀝して鼻高々。回りも拍手喝采という始末である。共感性羞恥! いくらジャンル「日常の謎」といっても、これでは知的好奇心が満たされるどころか欲求不満である。この規模ならTwitterの文字数で起承転結すればいい。
 いやしかし、本作には一応小ネタ以外の主たる謎が存在する。それががっしりびっしり収まるなら、これらもミスリード(?)であり、コントラストを高めるための演出なのかも知れない!
 
 そう読み進めてみたが、いやあ……。期待の大ネタがなんとダジャレでおしまいだとは……。しかも、氷菓は果汁を凍らせたもので……。
 謎もきちんと解けた感が無いし、そうはならんやろ感がすごい。叔父が困ったのは「おじさんと結婚する!」とか言いだしたからじゃ無いのかよ! この方が納得感あるやろ!
 おもしろくない落語でも起承転結はある。今作も起承転結は整っている。キャラクターに感情移入出来るなら、楽しく感じるのだろうとは思える。中学時代なら楽しめたのだろうか。しかし自分は48才のおっさんであり、中高生向けの小説を正面から受けとめるのは辛かったみたい。
 
 小説にはその対象年齢に応じた文体、そして情報量と密度があると思う。
 今作は自分にはゆですぎたそうめんだった。数十分ゆでたそうめんを、さらに水道水につけて放置。それをうす~い出汁につけて食べたような印象。
 体に悪いことは無いだろうが、心が満たされない食事だった。
 
 今作と続くシリーズはあわせてアニメ化されており、そちらの人気で止まっていたシリーズが再開したのだとか。
 この内容をアニメにして成り立つのだろうか。興味深い。



2022年9月14日水曜日

<小説>慟哭

 

★★★★
~届かぬ祈り~

 1999年。貫井徳郎 の推理小説。

 沢山の人が沢山の文章を書いている中で、それぞれの文章には独特の感触、印象がある。
 今作はこんなだ。
 
 ごつごつと初めの舌触りは堅いが、少しかみしめると途端にさっくりとほどけてたやすく味わうことが出来る。実直な味付けで少々古くさいと感じるかも知れないが、それは基本が出来ているからだろう。ともかく真面目できちんとしている。
 
 連続幼女誘拐事件に関わる多くの人間を描いた作品だが、もうこれ以上何を書いてもネタバレになりそう。
 視点Aと視点Bを交互に描くことで、飽きさせずに、また熱くさせすぎずに読者をずいずいと深奥に誘い込んでいく。まさに今作のトリックに深く閉じ込められていくのは登場人物では無く読者自身。
 
 トリックについては正直に様々な材料、違和感は示されているので、種明かしにも納得せざるを得ないだろう。
 自分も違和感から、まさか、という推測を経て、ああ、こうに違いないという心の変遷をたどったが、最後はもうその予測が間違ってくれと祈りたくなる内容だった。
 
 題名である「慟哭」も画竜点睛のごとくにピンポイントで示され、別れていたものが見事に一致する。
 
 難点としては後味が悪く、救いが無いこと。弱っているときには読みたくない。

2022年9月1日木曜日

パーフェクト・ワールド 世界の謎を解け

パーフェクト・ワールド 世界の謎を解け [DVD] 

★★☆☆☆
~序盤がピーク~


●良いところ

・なかなか目に触れないロシア産SF

 基本的な感性、風景が新鮮に感じられる。

・序盤のサスペンス感

 主人公がそれまでの生活を徐々に喪失していく恐怖。先の読めない不安感。
 

・記憶に残るイマジネーション

 ロシア映画だからというだけでは収まらないであろう、斬新なイメージ。
 見たら焼き付くマトリョーシカ。透明になっていく人体の映像。
 石油が無いため、蒸気機関主体で発達した世界。

・シーン毎ののまとまり

 大体日付単位で区切られており、それぞれがすっぱり独立していてる。
 平行世界を舞台にしているので世界観もガラッと異なり、短編集のように楽しむことができる。

・牢獄世界の女獄長が強烈

 見れば納得。

○悪いところ

・話がわかりにくい

 一人の女性を、平行世界を移動しながら求めつづけるという本筋はシンプル
 各章に区切られたエピソードの、それぞれはまとまっているのだが、すべてを一つの作品としてつなげて理解しようとすると途端にわけが分からなくなくなる。
 各章を繋ぐ展開がいちいちひっかかる。何故それを受け入れることができるのか、何故その選択をするのか。別の機械の部品が、無神経にひとまとめに放り込まれているようなちぐはぐな印象。
 冒頭が回想形式になっているのもあまり効果的に感じられず、複雑な印象を与えるのみ。複数の勢力が出てくるが、それぞれの目的や理念が分からず、誰に肩入れしていいのか分からないのも見ていてつらい。制作者の演出意図に沿って理解するのが難しい。

・見終わった後の達成感が無い

 話が進んだような進んでいないような尻すぼみの終劇。各章単位のクライマックスがあるのでそちらの印象の方が強い。
 また、副題でうたっている世界の謎は、期待するほどのものではない。

・キャラクターを把握しづらい

 似たような印象のキャラクターが多い上、平行世界で服装や人相がガラッと変わるので、誰が誰やら分からない。それをどんでん返しの一つとして用いているので意図的な部分もあるのだろうが、混乱のもと。


 題名、副題と期待させない雰囲気からの序盤がピーク。
 今後ロシア産映画が新しく制作され、それを観る機会は存在するのだろうか。