2009年3月30日月曜日

裸の島

 

★★★★★ ~映画に台詞は必須ではない~

サイレント映画ではない。
ただ、全編にわたって台詞がない。
台詞のない映画というと、ジェスチャー主体のコメディー、字幕挿入のサイレントを連想するが、今作はただ単に台詞がないだけ。
環境音は入っているし、別に意地でも無声にしたわけでもないようで、うめき声など感嘆詞系のようなものは入っている。
台詞は無いが、それによる違和感は全くない。
それが、あるべき姿であるように、自然体で、ただ台詞が無いのだ。
以前「ユリシーズの瞳」を見た時、全編がすさまじい長回しで、映画全体のカット数が極端に少ないこと、そしてそれが自然であることに衝撃を受けたが、この作品は同様に、台詞の存在について、あれこれと考えさせてくれる。
この台詞が無い、という特徴は、映画全体の印象に大きく作用している。

今作は瀬戸内の小さな島に住む家族の営みを追うという内容である。
島には斜面しかなく、当然畑も斜面に猫の額程度。しかも水は船で別の島に汲みに出なければならないという状況。
その営みを追うのみなのである。
これに台詞がないことを考えれば、まずは退屈で見ていられないのはないかという危惧が沸くのも然り。
しかし、それは覆された。

毎日の生活の緊迫感が、すごい。

台詞がないため、映像から読み取るしかないのだが、特異な生活サイクルは簡単に先が読めない。
一瞬先の展開が想像しがたく、したがって常に不安、怖くて仕方がないのだ。眼前に無口な強面が立ちはだかっているかのように、見通しがきかない。

普段見ている映画において台詞から得られる情報がいかに大きな物であるのか、これほど感じることのできる映画は他に知らない。
この結果、なんと水をこぼさないように運ぶだけのシーケンスが、爆弾解体よりもスリリングで、初恋の物語より切ないのだ。

多くの映画を見るほど、知識や凡例と共に、先入観や理屈重視の姿勢もこびりつく。
そんなときに有効なのは、岩清水のような清涼な作品であろう。
この作品は、まこと、映画という物についての関わり方を矯正してくれる、ドクター・シネマだ。


イノセンス

★★★★☆
~精神のスプラッタ~


映画館に続き、BDで鑑賞。
一言で言うと、とても趣味の悪い映画だと思う。
映像のクオリティ、脚本、実験的な映像の刺激。
これらはどれも高レベルで、きちんと関連し合っているが、そこで描かれるのは、精神的な解剖手術。
もともと精神医学は精神の解剖学だと思うが、この映画はSF設定で特異な状況を生み出し、その術式を現実ではあり得ない、象徴的なものとして展開している。

人間の魂がコピーされ、封入された人形。
そのコピーの人間性は、どこまでが認められるのか。

脳への情報を偽造されうる電脳社会。
現実と虚構はどう切り分ければよいのか。

すべて、人間が自ら生み出した、矛盾。
合わせ鏡のように、光線の届く限り続く不気味な入れ子構造。
未来の、現在と関係のない話ではない。
同じ形をした相似形の問題は、人類誕生以来(「意識」の誕生以来)の課題である。

いわく、人間の意識とは何か。
魂とは、何か――。

かけた労力に見合った効果が発生しているのかどうかは疑問だが、一つの作品として、価値ある到達点であると思う。
ただ、実写のような映像を追求し、逆に実写ではない違和感を増幅しているのは、期せずしてなら失敗であろうし、故意ならばやはり悪趣味だ。

ブルーレイディスクで鑑賞したが、恐ろしいかき込みが行われたこの作品において、高精細画面で見る価値は想像以上に高い。
「現実感」が、作品のテーマと密接に結びついているため、常に圧力をかけられ、高密度に押し込まれたようなこの作品の一場面一場面は、演出要素として欠かすことはできないものと考えられる。

フルメタルジャケット

 

★★★★★
~喜劇のような悲劇~



ブルーレイの高解像度で鑑賞。
当初は通常解像度との差異をあまり感じないが、後半の戦場における臨場感は次世代DVDならでは。
戦場の瓦礫や、兵士の装備のディティールが、戦場の生々しさとなって、窓から覗いている目撃者になったような気分になれる。遠方まで見渡せる砲撃シーンは圧巻。

キューブリック独特の、全編にわたる圧迫感。当たり前の世界が、ひずみ、狂っていく様子が存分に伝わってくる。
音楽センスも一線を画しており、ラストに流れるミッキーマウスの歌には、一体どういう感情が自分の中に生まれているのか把握困難にされる。

こうしてみると、次世代DVDの解像度、情報量はやはり映画鑑賞に重要だ。たとえ白黒でも、フィルムの状況さえ良ければ、DVDとは一段異なる鑑賞を楽しむことができるだろう。
なにより基本的なノイズの少なさが、鑑賞に安心感を与えてくれる。DVDではシーンによりブロックノイズやマッハバンドが見え、興ざめになる瞬間があるが、ブルーレイではその心配がまずない。ブルーレイで出ているソフトならば、ブルーレイで見た方がいい。

現在100本程度しかリリースされておらず、しかも昨今の中途半端な映画ばかり。
名画達にソース化の手が伸びるまで、どれだけ待てばいいのだろう。

PS3はじめ、最近のDVD再生機器はDVD画像を精細化して表示するアップコンバート機能に優れている。エンコード水準も上がっており、ソース自体の素性も良い。
DVDでも一昔よりはるかにリッチな体験をできるのも本当だ。

2009年3月14日土曜日

エイリアン2

エイリアン2 [Blu-ray]

★★★★
~相似拡大+α~

映画の二作目といえば駄作が相場である。
その理由はジンクスと言うよりも、現実的な諸条件の帰結であろう。
いわく、二作目が作られる限り、一作目は一定の評価を得る内容だったということである。
二作目はその高いハードルを越えなければならないうえ、おそらく、評価は前作時点が基準となり、それよりもどれだけおもしろいのかという見方をされる。
これはかなりのハンデだ。

もちろん続編の利点も少なくない。
一から世界観を構築する莫大なコストを削減できる分、他の部分に注力することが出来る。

つまり二作目で重要なのは、どこを残し、どこを発展させるかということになるだろう。

本作の監督ジェームズ・キャメロンは二作目で二度もヒットを飛ばした希有な監督である。言わずもがなの代表作『ターミネーター2』と、本作エイリアン2である。
続編の手本のような本作は、どのように構成されているのだろうか。
ネタバレ前提で書き進めるので、未鑑賞の人は気をつけて。

''This time it's war.''

「今度は戦争だ」というキャッチコピーが示すとおり、前作では一匹だったエイリアンが群をなして襲いかかってくる。だからといって前作の本領であった密室サスペンスの要素がなくなるわけではない。
舞台を惑星上に移しつつも、限定された基地空間のみを活動範囲とすることで、エイリアン増加と比例する程度の舞台拡張を行っている。つまり、密度を変えずにスケールアップを果たし、特有の圧迫感を再現している。

この例のように、2では1の主要要素を取り込みつつ、それを前作から拡張、スライドさせて、続編の魅力にすげ替えている。
気がついた点を見ていこう。

◆守るべきもの
主人公リプリーは我が身だけでなく、守りたいもののために奮闘する。
あまり目立たないが、前作では猫の為に結構な危険を冒している。
今作ではもちろん一人生き残っていた幼い少女。
この要素のおかげで恐ろしい物語の中にウェットな情感が付加され、リプリーの魅力が強められている。

◆未知の生物
エイリアンの生態とそこから生まれる圧倒的な能力はシリーズの魅力の一つである。
前作では卵から孵化し、幼生態となって獲物の体内に入り込みそこを苗床にして成長という恐ろしいサイクルが描かれた。これなどには恐怖とともに、動物ドキュメントを見ているような発見の興味を感じる。
そしてその時点で約束されていた謎「誰が卵を生んだのか」について、群生としての生態が2では描かれ、なぞるだけではない世界観の拡張が行われている。

◆人間同士の不信
人間とエイリアンという対立だけでなく人間側の中でも対立関係が存在する。
前作では乗組員の一人が社命を執行する人造人間という設定だったが、
今作ではその軸もうまくずらして構成してある。
リプリーは1の痛い経験から人造人間に対しての不信感を拭いきれない。これは映画を見ている側にとっても同様で、いつ裏切るかもしれないという緊迫感が流れ続ける。
その注視の脇を抜けるように、最も憎まれるべき行為を行い続けるのは、ただの人間であった。
前作も今作も冷徹に営利を追求する会社が敵だということに変わりはないが、ここもうまく再構成している。

このように様々な点が前作を継承しつつ発展しており、続編作成の一つの手法をよくあらわしている。

このように考えずとも、派手になっておもしろそうな要素が増えていて。
もちろん今作だけを見ても、十分に楽しめるだろう。

浅くも深くも、わかりやすい見事な作品。

 


 一作目『エイリアン』の自分の感想はこちら。

エイリアン [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
★★★★

~遠すぎない未来像~

 三作目『エイリアン3』の自分の感想はこちら。

エイリアン3 [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
☆☆☆☆
~きれいだけど、おもしろくない~ 

四作目『エイリアン4』の自分の感想はこちら。

エイリアン4 [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
★★☆☆☆
~女達の映画~

同じ監督による傑作『ターミネーター2 』の自分の感想はこちら。

ターミネーター2 4Kレストア版 [Blu-ray]
★★★★

~SFアクションの金字塔~ 

 

 

エイリアン

★★★★☆
~遠すぎない未来像~

「ブレードランナー」とともに、監督リドリー・スコットの名を世に知らしめた作品。ぶれのない世界観の描写がすばらしい。

公開年次は1979年でCGの支援も借りられない時代。それなのに画面の密度と完成度は、今見てもすばらしいレベル。

空間を限定して作り込んだ緻密な背景美術を生かし、エイリアンの描写を最低限にとどめることで、技術の限界をうまくスルーしている。

たとえば、本作でエイリアン本体はほとんど動かない。
精密な模型を台座に乗せて水平に移動させたり(これは推測だが、当たらずも遠からずだろう)、腕を広げるシーンが挿入されたり。エイリアンが襲いかかってくるなど、比較的挙動の大きなシーンを改めて見ると、中に人間が入っているチープな香りがするが、そうした部分を出来る限り排除している。

また、エイリアンの一部しか映さない手法がうまい。
ギーガーによるエイリアンのデザインは生理的嫌悪感を引き出す秀逸なもので、全体はもちろんパーツの一つ一つが印象的。部分部分を映し出すことで作り物らしさを押さえている。当然これはホラー映画の手法としても適切で、見る者の恐怖を、その想像の中に増幅させる。

このような作りのうまさが相まって、今でも十分に見応えのあるSFホラーである。
黒字に緑文字の二色ディスプレイが堂々と使われているというのに、なぜ古びず絵になるのか。
おそらくそういった古くさい要素が、描かれる世界全体の中で、違和感なく収まっているためだろう。確かに我々の生きる現在でも、列車はレールの上を走り、数十年前の意匠が取り入れられた町で生きている。

未来の世界も現在の延長であり、変わらぬ風景も多く残っているのだというイメージ。
それがリドリー・スコットのえがく未来の魅力なのだろう。