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2021年8月30日月曜日

さよならの朝に約束の花をかざろう

さよならの朝に約束の花をかざろう [Blu-ray]

☆☆☆☆
~「悪し」ときちんと書いておきたい~


 ごちゃごちゃと聞こえの良い言葉を並べて、結局雰囲気が残るだけできちんと覚えることは出来ない。

 この、題名に対する感想が、そのまま作品の感想となる。

 2018年の日本アニメーション映画。アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』の脚本家、岡田麿里が初監督を務めた。

 10代半ばの若い姿のまま数百年を生きる不老長寿の一族「イオルフ」は、人里離れた土地で「ヒビオル」とよばれる布を織って静かに暮らしていた。しかし長寿の血を王家に引き入れることで王家の神秘性を高めることを画策するメザーテ国王の命により、軍人イゾルの率いるメザーテ軍が翼をもつ古の巨獣「レナト」に乗って襲来し、イオルフの里は侵略される。<ウィキペディアより> 

 RPG的な中世ヨーロッパ風の世界観の中で、長寿一族の少女と、彼女が拾い育てた普通の男の子の長い関わりを描く。
 一緒に歩める時間と、剥離して元には戻らない時間。開く一方の時間のズレが生み出すドラマ。狙いは分かるが要素、エピソードが散漫で一貫性を感じにくく、後味だけで何とかまとめるような(まとまっていない)作品に。

 この作品は、内容というよりその存在が、自分の「物語作品の受け取り方/評価の仕方」に問いかけてくる。
 
 『罪のない善意の駄作をどう評価するべきなのか』
  
 外から見ても分かる善意を発端とした創作、一生懸命作った誰にも迷惑をかけていない作品に、ネガティブな評価を挙げるのはとても気が重いものだ。
 
 たとえば優しい協調的な子ども達が力を合わせて作った「つたない絵画作品」。
 そして社会から断絶された破綻者が己のパーツをつなぎ合わせるように形作った「名画」。
 
 観衆の目前に引き出されてどちらを選ぶのかと問われたとき、いったいどちらを選べばいいのだろうか――。このやっかいな問題をこの作品は突きつけてくる。

 作品評価には様々な軸があり、状況によってその軸は切り替えられるべきだ。学校教育の一環としての評価ならば、作品自体の質ではなく過程や態度の方が重視されるべきだし、商品としてみれば売れる売れない(売れそう、売れなさそう)になるだろう。それらとは断絶した、個人の感想の場合、結局己は何を基準に作品を評価し、それをしたためるのかと問われることになるのだ。

 これは結構心理的負担の大きいことで、妙な重圧を感じる。世の中の評価と自分の評価が剥離した場合を思うと、とても怖いのだ。
 
 そういった葛藤をそれなりに経た上で、この作品に対する自分の評価は「とても低い」である。
 
 作品を、その作品としてだけで見たとき、どう感じたのか。

 制作者がどのような想いとを込めて、どういった経緯で作ったのかは作品理解の上で重要な要素であることに異論は無いが、それら作品以外の付随情報は内容をよりよく理解する手がかりに過ぎず、それ自体が評価を左右してはならないのだ。
 
 キャラクターデザインの吉田明彦氏はゲームファンにとっては特別の存在だ。『伝説のオウガバトル』『タクティクス・オウガ』といった伝説的なゲームのグラフィッカーである。デフォルメされた人物画と技術に裏打ちされた装飾デザイン、質感表現。簡素と複雑、静謐と躍動が混在した画風は、ともかく見る物にロマンをかき立てる
 彼の作風はキャラクターを自分で操作することで感情移入していく「ゲーム」というジャンルにぴったりである。良い具合に隙間があるのだ。同様の理由で小説の挿絵としても向いているだろう。
 
 ただし、どうやら映像作品のデザインには向いていなかったようだ。決められた(短い)時間でキャラクターを伝える必要のある映像作品、特に全編二時間の映画にとって、曖昧さはキャラクター理解の助けにならずむしろマイナスに。子どもから老人までの長大なスパンを追う物語なので、年代ごとのキャラクター同一性(年月による変化)を一目で理解することが大切なのだが、大して変わらなかったり、突然変わったりする不明瞭さは物語理解の壁になっている。
 音楽や小物演出でキャラを図像学的に表現するといった方法もあったのではと思うが、そういった方向への配慮は無かった。

 背景美術も壮大で緻密であり、一枚絵や挿絵としては強いのだが、人々が生きる世界としてはとんでもなく空虚だ。
 密度のスケール感が合っていない。
 あのような建築物を集積させ、美しい材質で敷き詰めた空間をあの程度の人口で構築維持できるはずがない。過去のオーバーテクノロジーで作られた都市を発見した人々がそこで暮らしているだけ、と聞けば納得できるがもちろんそうでは無いようで。
 
 こういった難は感じても、映像に魅力は十二分にある。各シーンの美しさは特筆できるクオリティであるのだが、かぶせるように残念なのは、そこで演じられる内容が――とても表層的で「演技の為の演技」にしか感じられないという点。

 脚本家という神に都合の良い台詞を言わされているだけだ。

 キャラクターがそこで生活している上で発した言葉ではなく、映画を見ている人間に必要な台詞だけが生成されている映画内で描かれている以外の時間が、キャラクター達には存在していないのだ。舞台役者が役者だと分かった上で大仰にしゃべる台詞。
 キャラクターから発せられたと感じる言葉が最後の最後までない。
 
 行動原理が一定しておらず、誰もが曖昧でふらふらしている。腹をくくって一道を進む人間がいない。
 脚本家という神に言われたからそう動いているだけ。キャラクターがみな、本心を隠してただ言うとおりにしている。口惜しく陰口を叩いていそうだ。
 
 詳細説明は許してもらって、気になった点をメモとして列記。
 
 ・久しぶりの再会なのに逃げ出した意味が分からない
 ・悲劇としても中途半端
 ・若者と年配で存在の立ち位置をくっきり分けるべき
 ・「ヒビオル」という言葉の響きがあまりに短絡過ぎて、それだけで不安
 ・織物で気持ちを伝えるという設定が上手く生かされず、縛りになっている
 ・主人公に生きていく武器がなさ過ぎる
 ・主人公一族がこれまで滅んでいないのが不自然
 ・血の通ったエピソードがまるで足りない
 ・声優に癖がありすぎ、嘘をさらに嘘くさくしている
 
 最後に――。
 
 ラストの万感を伝えるシーンに全ての焦点を合わせて全編を構成しようとしたのだと思われるが、失敗している。
 そのシーンにつながるためだけの退屈な作業を延々見せられた感じで、ドミノを並べる作業にたとえると近いのかも知れない。それらシーンにも、きちんと説得力や楽しみがなければ、物語の積み上げではなくただの作業になってしまうのだということがよく分かる。
 
 同様の一点に焦点する構成として『波の数だけ抱きしめて』と意外なほど類似しているが、完成度には雲泥の差があり、比較してみると今作のつたなさが理解しやすいかも知れない。

 もう結論は出ているのにだらだらと修辞を並べてなかなか終わらない会話のように、最後の最後まで潔くない、できの悪い作品だった。

 強い心で、明記しておく。



2021年8月14日土曜日

殺人の追憶

殺人の追憶 [Blu-ray] 

~入りきれない壁~
★★★☆☆
 

 2003年に制作、公開された韓国映画。監督は『パラサイト』でアカデミー賞を取ったポン・ジュノ。

 1986年10月、農村地帯華城市の用水路から束縛された女性の遺体が発見される。地元警察の刑事パクとチョが捜査にあたるが、捜査は進展せず、2か月後、線路脇の稲田でビョンスンの遺体が発見される。どちらも赤い服を身に着けた女性で、被害者の下着で縛られた上に、絞殺されていた。<Wikipediaより>

 今作は実際に発生した「華城連続殺人事件」を下敷きにしており、公開時点でも犯人は特定されていなかった。2019年にようやく犯人が見つかったが時効が成立しており罪には問えない状況。ただし、犯人は別の強姦殺人ですでに無期懲役の執行中であったとのこと。
 
 事件を元にはしているがノンフィクションでは無くフィクション。陰惨ながらも各所魅力的な内容となっている。

 現場捜査官のパクはいわゆる前時代的な刑事。しぶとく事件にしがみついていく熱意は持つが、これが犯人だと目星をつけたら、容赦なくつきまとい、警察署内の拷問部屋に連れ込んでは都合の良い供述をさせようとする始末。スニーカーの足跡を押し込むなど証拠の捏造にも迷いが無いが今回は拉致があかない。自白強要がマスコミに漏れ捜査陣が糾弾される始末。
 そんな中、ソウル市警のソ刑事が参入。パクと異なり科学的な捜査、事実の積み上げを信条とし、拷問や強要を是とはしない。同じように強い情熱を持って犯人逮捕に挑む二人だが、対照的な存在ということになる。
 
 この構図が事件の進展に合わせて変容していくのが本作の魅力の一つ。

 

2021年7月15日木曜日

聖戦士ダンバイン 総集編三部作


★★★☆☆
~記憶していたよりハードな物語~


 1983年のTVアニメシリーズを1988年に全三巻にまとめた総集編。各巻1時間弱なので全49話(ざっと16時間)をだいたい6分の1に圧縮していることになる。監督は『機動戦士ガンダム』の 富野由悠季。キャラクターデザインは『伝説巨神イデオン』『戦闘メカ ザブングル』の湖川友謙。
 

 精霊や妖精が存在し、オーラの力で機械を駆動させる世界、バイストン・ウェル。
 海と大地の狭間に存在するといわれるその世界はオーラ・ロードによって現実世界と接続されており、そこに住む者を「地上人」と呼んでいた。
 地上人はバイストン・ウェルの人々に比べてオーラの力が強いため、バイストン・ウェルの領主、国王たちは己の勢力を拡大するための戦力として地上人を召喚し、相争っていた。
 主人公ショウ・ザマは日本で暮らす青年であったがバイクで失踪中にバイストン・ウェルに召喚。オーラ力(ちから)で駆動する人型兵器、オーラバトラーの搭乗員として戦渦に巻き込まれていく。

 
 聖戦士ダンバインは玩具会社がおもちゃ販売を前提にスポンサーしていたアニメーションなのだが、『宇宙の戦士』の宮武一貴によるデザインは子供受け、一般受けはしにくい物だった。巨大な虫(というより巨獣)の甲殻を外装としているという設定に合わせてデザインされたオーラバトラーは直線が極端に少ない生物的なフォルムをしており、足先は巨大な爪として構成、飛翔用の羽根もトンボのような雰囲気とかなり攻めている。
 おもちゃ類の販売は難航し、途中スポンサーの変更があったりと打ち切りの憂き目にも遭いながら何とか完走した作品とのこと。だがこの唯一無二のデザインは時が立っても陳腐化すること無く、逆に時が立つほど他の幾多の作品の中にあって輝きを放つ。今回視聴して改めてその格好良さを再認識させられた。
 
 やはり総集編ではあらすじを追うくらいしか出来ず、幾多の勢力、数多の人物が理解できないまま現れ、消えていく。それでもとっ散らからずに本筋は追っていけるのだから、総集編としては良くまとまっていると言えるだろう。

2021年4月22日木曜日

スノーピアサー

スノーピアサーBlu-ray

~寓意を優先しすぎてる~
★★☆☆☆


 2013年のSF寓話映画。アメリカ合衆国・フランス・韓国製作。監督は『パラサイト』でアカデミー賞を取ったポン・ジュノ。

2031年。世界は地球温暖化を食い止めるべく散布された化学薬品CW-7によってすべての陸地が雪と氷に覆われ、極寒に耐えられない生物は死に絶えてしまった。生き残ったわずかな人類は永久機関によって動き続ける列車「スノーピアサー」の内部にて暮らしていたが、そこでは前方車両に住む富裕層がすべてを支配し、最後尾に住む貧困層は奴隷同然の扱いを受けていた。そんな中、貧困階級のカーティスは自分たちを苦しめる理不尽な支配に立ち向かうべく、仲間と共に反乱を企てる。 <WIKIPEDIAより>
 物語を楽しんでもらうことではなく、寓意を押し付けるのが目的になってしまっている印象。そのためエンターテインメントとしてバランスを崩してしまっており寓意の先に思いを馳せることは出来ても、おもしろい映画とはとても言えない。
 雪の中を一直線に走り続ける列車はそのまま資本主義社会の自転車操業っぷりを表しており、止まることなく地球を周回し続ける有り様はまさにそれ。列車の中でひしめく人間達は階層化され、管理され、行き先も知れずに刹那的に過ごす。教育の重要性、子供に対する搾取。まさに現代の縮図。イメージとしては魅力十分だが、実際に映像や物語になってみると安っぽく取って付けたようなちぐはぐ感が強い。

 気になった点と、改善する方策を考えてみる。
 

2021年3月8日月曜日

シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇


★★★★★
~一緒に変わってきてくれた~


 延期に継ぐ延期を経て、ようやく今日2021年3月8日に公開されたシン・エヴァンゲリオン。新劇場版四部作の最終となる作品を先程みてきた。
 パンフレット含めて他の情報が入る前に、自分のファーストインプレッションをネタバレにならないよう書いておこうと思う。様々な考察を経ての感想は、また書く機会があるだろう。
 

・とても良い幕引きだった

 三作目の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」は非常にショッキングな内容で、ファンにとっては辛い内容だった。状況として墜ちきった形で終幕するため、いったいこの後どうなるのかと、評価を宙に浮かされたまま8年。この風呂敷を綺麗に畳むことはもはや出来ないだろうと思っていたが、これ以外は望めないだろうという形に至った終劇だった。
 特に各キャラクターの結末について、皆がきちんと幸せになる道筋を見いだせた点が嬉しい。
 振り返ると今作の着地点は『序』から積み上げられている物で、長い雌伏お見事です。
 

・Qがあってこそ

 Qがあってこその今作になっている。闇が深いほど、夜明けのコントラストは凄まじい。
  ※ただ8年はタメには長すぎるよね……。

・古いファンにとても誠実な内容

 TV版は26年前の作品となり、まさに四半世紀が経過している。今作は、その長い時間をシリーズと一緒に過ごしてきた視聴者に、とても誠実な内容になっている。
 自分(庵野監督)の葛藤をさらけ出したような生々しい感触がエヴァらしさの一端だと感じているが、つまり庵野氏も同じく長い時間をかけてシリーズに向き合ってきている。当時感じていたことが、時代を過ごして変わる事もあるだろう。むしろ変容していくことが当たり前だ。
 今作は、長い期間における作り手の変化を素直に認め、丁寧に総括している。同じく長い時間をかけて変容してきた受け手にとって、一緒に歩いてきた作品だと、強く感じさせてくれるのだ。
 みんな大人になったねと、作り手、受け手、キャラクターによる幸せな同窓会であり、これからも生きていこうと互いに肩をたたき合う感触。

・旧劇場版「Air / まごころを、君に」をもう一度見たくなる 

 テーマや描きたいことは旧劇、そしてテレビ版から同じで、驚くほどぶれていない。ただ、過去作はテーマを示す方法、見せ方が、子供っぽく強引で共感を得にくかったと思う。
 時を経てそれが整い、とても分かりやすく、優しい心根で展開されているのが今作だ。
 だからもう一度「Air / まごころを、君に」を見てみたいと思った。きっと昔と違う見え方がするだろう。

2021年1月19日火曜日

スーサイド・スクワッド

スーサイド・スクワッド [Blu-ray] 

☆☆☆☆
~微妙な悪役大集合~

 2016年の米映画。アメコミを原作とした複数のヴィラン(悪役)を結集させたアクション映画。
 DCコミックス(アメコミの出版社)が抱えるヒーローコミックに登場する様々な悪役達を一つの部隊にして、強大な悪に対抗しようとする物語だが立て付けからしてなかなか厳しい。
 

◇悪役の知名度が低い

 スーパーマン、バットマン、フラッシュといったヒーローの名前は聞いた事があるだろう(フラッシュは厳しいかも)がその悪役となるとどうだろうか。今作には「デッドショット」「キャプテン・ブーメラン」「エル・ディアブロ」「エンチャントレス」など多数のキャラクターが登場するが、知っている人がどれだけいるだろうか。自分は一人も分からない。最も有名な「ジョーカー」も出てくるが関わり方が特殊。ジョーカーがらみのキャラクターである「ハーレイ・クイン」は冠映画が存在するので最も知名度が高いだろうが、マニアックなことに変わりはない。
 海外での人気は知らないが、このような知名度ポンコツのキャラクターを寄せ集めたところで、微妙な印象しか持てないというのが正直なところだ。

2020年12月11日金曜日

スターシップ・トゥルーパーズ レッドプラネット

スターシップ・トゥルーパーズ レッドプラネット 通常版 [Blu-ray]
☆☆☆☆
~過疎感がすごい~


 2017年の日米合作CG映画。日本公開は2018年。
 バグと呼ばれる宇宙怪物(怪虫?)と遭遇した人類が、宇宙船に兵士を詰め込んで戦争を行う物語。
 

 民主主義崩壊後の新政府、地球連邦では軍部を中心とした「ユートピア社会」[2]が築かれている。社会は清廉で、人種・男女の差別なくまったく平等に活躍しているが、軍歴の有無のみにより峻別され、兵役を経た「市民」は市民権を有し、兵役に就かない「一般人」(劇場版日本語字幕では庶民」)にはそれが無い。銀河全体に殖民を開始する人類だが、その先で遭遇した先住の昆虫型宇宙生物(アラクニド・バグズ)の領域を侵したことから紛争が発生し、バグズが地球に対し小惑星を突入させる奇襲攻撃を仕掛け、全面戦争が始まる。<WIKIPEDIA『スターシップ・トゥルーパーズ』より>

 
 ポール・バーホーベン監督による映画一作目「スターシップ・トゥルーパーズ」は、高校時代の親友達がそれぞれの道で宇宙怪物バグとの戦いに挑んでいく姿を描き、監督本人が込めようとした軍国主義やプロパガンダに対する皮肉はあまり意識されない形で人気を博した。実写映画は三作続き、その後テレビシリーズにも展開されたようだが、今作はそれらの設定を引き継いだ、CGアニメ映画としての2作目となる。映画としては5作目。

 時折実写なのか分からないような映像もあり、画面単体でのクオリティはそれなりに感心させられるがそれまで。アニメでもCGでも実写でも、それは手段に過ぎず何が描かれ、どのような感銘を視聴者が受けるのかと言うことが本願なのだ。そう考えると今作はかなり寂しい内容だと言わざるを得ない。

 多用されているフレームぶれが非常に目につく。ショットの種類に関わらず、常に微妙にカメラを動かすことで、人が見ているような、人がカメラを持っているような雰囲気を出す手法で画面の情報量を増やして間が持ちやすくなるのも利点。だが、見ている人に気づかれない程度、空気感を出す程度にするべきなのに今作のそれは動かしすぎて安っぽい。

 宇宙戦艦、新兵訓練、艦隊攻撃、惑星殲滅、降下作戦、わずかな味方、惑星の運命を賭けた最後の戦い……。
 まだまだ沢山の要素がこんちくしょうとやけくそ気味にぶち込まれているが、数だけそろって全て小規模。残念ながら、全ての接頭語として「しょぼい」をつけるとしっくりくる状況。CGで数を増やしやすいバグの群体ばかりワラワラと出てくるが、兵士も火星市民も地球の司令部も、人間は最小限しか出てこない。人間のモブが居ないのでスカスカ。ソーシャルディスタンスかよ! と突っ込みたくなるほど過疎な雰囲気(映画はコロナより前なので関係ない)。

 ただ一つ、映画1作目のある意味失敗した点について、今作は達成しているかもしれない。1作目の内容があまりに面白かったため省みられることの少ない要素となってしまったのだが、「実は映画の全てが戦意昂揚のための映像作品でした」というのが本家のオチだ。軍国主義と喧伝放送による一見民意のように見える世界支配という主軸で、最後が徴兵宣伝で終わるという明らかなオチなのに、驚くくらい軽視されている。
 翻って今作は全編に渡って全て嘘くさく、また、戦闘シーンも大して興味を惹かれないという半端な出来なので、もし「これは戦意昂揚のためのプロパガンダ映像です」と言われらものすごい説得力だったろう。残念ながら1作目と違いそのような言及はないのだが、あればなるほど納得。自傷的なアプローチはファンの心に残ったかもしれないが、駄作のレッテルはさらに強固なものとして燦然と輝いていただろう。まさか狙ってそういうテイストにしたんでは――ないと思うが。


映画3作目『スターシップ・トルーパーズ3』の自分の感想記事はこちら。
スターシップ・トゥルーパーズ3 [Blu-ray]

☆☆☆☆
~神を風刺~ 

2020年10月29日木曜日

スイス・アーミー・マン

 

☆☆☆☆
~雰囲気に惑わされてはいけない~


 2016年の米映画。日本公開は2017年。
 おならにゲロにチンコと、小学生が大好きな要素を詰め込んで、それをおしゃれな映像でまとめた頭のおかしいナンセンスコメディ。もしくは真に恐ろしいサイコホラー映画。これは皮肉でも褒め言葉でもなく、ただただ現実的にこの映画を表す最適な説明である。
 実写にしたスポンジボブ、絵を綺麗にしたダウンタウンの不条理コント、という比喩も浮かんだ。
 

 青年ハンクは無人島に一人きりでとうとう首つり自殺を試みようとするが、眼前の砂浜に一人の男が流れ着く。
 孤独が癒されるかと期待したが残念ながら溺死体そのもの。落胆したハンクの前で死体は腐敗ガスを肛門から吹き出し始める。その威力は強烈で水上を航行し始めたばかりか、追いすがったハンクを引き連れて島を離れていこうとする。
 とっさに首つり用ロープを死体に巻き付け、ジェットスキーのように上に立って疾走するハンク。飛び散る水しぶきときらめく陽光は彼の鬱屈した心を一瞬で霧散させた――。
 
 上記は冒頭あらすじだが、もし見るとしてもここまでて終えるのも良いと思う。もちろん以降も物語は続くが、え~そっちに行くの? といった異常な展開を見せるばかりなのだ。反対に言うと、ここで終わっていたらシュールなコントとしてひときわ目を引くものになっただろう。監督がこの作品を生み出したそもそもの原点がこのシーンだったということだから、ここが全てとも言える。

 水死体が放つ屁によって無人島を脱出という「へっこきよめさ」のような状態から始まった物語に、一体どのような妥当な展開が許されたであろうか。僕の心象風景としては、まるで毛筆の習字で最初の一筆を半紙の右下隅に置いてしまったような映画、となる。もうそれ以上どうしようもないのだ。まともな字を書くことは出来ず、文字に似た妙ちくりんな記号を描くくらいしか出来ない。
 
 あまりに突拍子もないものを突きつけられた時、上手く反応できないことがある。それが自分に届くまで誰も止めなかったという事実が、この作品に何かしらの価値があるのでとはないかという疑惑につながり、ひょっとして自分の直感が間違っていたのではと疑心暗鬼に陥るのだ。しかもそのトンでも案件を掲げているのが何がしらの実績を持っている人物であった場合、非常に対応が難しい。
 ゲーム会社で様々な企画に触れていると、まさにこういった状況に出会うことがある。
 新入社員だった頃、雄志による「企画立案サークル」のような集まりがあり、皆が順に自分の企画を提案していった。その中でサウンド課の重鎮が「ゾンビになったサムライによる対戦ゲーム」をぶち込んできた。当時「ブシドーブレード」という剣戟アクションが話題になっており、それの派生だと思われる。もう詳細は覚えていないが、企画詳細というものはほとんどなく、ただサムライがゾンビなんだという主張のみが全てであった。
 自分はこの企画の魅力がまったく分からなかった。煮ても焼いても食えそうにない内容に、先輩方はどのような反応を示すだろうか(どう諫めるか)と期待したが、「ゾンビと組み合わすのは斬新だね」とか「細切れになっても死なない戦いかあ」などの微妙ながらも好意的な反応。もしかして自分が気がついていないだけで、このアイデアは何か良いところをついているのか? 若さに傲慢な新入社員でも揺らごうというものである。

 上記の様な現象がこの作品界隈では発生しているのではないだろうか。
 ネットで評判を見ると、わりと好評意見が多いのだ――。
 水死体のジェットスキーをフックにしているような映画を見にいく人はそもそも奇特な集団だというのもあろうが、冷静に考えてこの作品は「★☆☆☆☆」以外あり得ないと思う。人に勧められる物では無い。

 今作の監督ダニエルズは二人のダニエルのコンビ名で、ミュージックPVの監督として評価が高い模様。確かに逆光気味の暖かな印象の絵作りや、一筋縄ではいかない悲惨なロマンチシズムとでもいった内容は個性的だ。PVから映画監督への転身というとデヴィッド・フィンチャーを連想するが、彼の映画監督1作目「エイリアン3」も個性は出ているもののあまり……という出来だった。同様に今後の活躍に期待したい。

 

 



2020年10月26日月曜日

ザ・バンク 堕ちた巨像

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★★☆☆☆
~「政府も手が出せない国際メガバンク vs はぐれインターポール捜査官」~


 2009年のアメリカ・ドイツ・イギリス共同制作映画。経済ドラマかと思わせて武器商人と化した巨大銀行とインターポール捜査官との戦いを描くアクションサスペンス。
 

 インターポールの捜査官サリンジャーはドイツの巨大銀行IBBCの武器取引についての捜査を続け、ようやく証人との接触にこぎ着けるが、目前で仲間が不審死。証人もその9時間後に事故で死亡。現地警察はIBBC擁護の姿勢で手が届かない――。
 それでも捜査を続けるサリンジャーはとうとう暗殺者の手がかりを手に入れ、ニューヨークへ――。

 
 IBBC社屋や激しい銃撃戦の舞台となる美術館。インターポール本部にイスタンブールのモスク。世界中のロケーションが美しく映画に品格を与えている。緊迫した雰囲気は最初から最後まで続き、完成度の高さを感じるが、話としてはかなり苦しい。というか、スタローン主演のガンアクションくらいに捕らえた方が良い。画面の格式高さとアクション自体の頻度に勘違いしがちだが、中心はアクション映画。特にニューヨークのグッゲンハイム美術館内部を舞台とした銃撃戦を描くために全体が構成されているのではと思われる。そのために巨大なセットを組んだというのだから執念を感じる。
 それ以外はどうにも小ぶりで、話が広がりそうで広がらない。すっきりしないまま話が進み、そのまま終幕。

 また、多くの人が感じるのが題名と内容の剥離だろう。銀行というより国際マフィアの話なのだ。原題は「The International」でこれはこれで何やねんという題名でとらえどころがない。主人公はインターポール職員なので、普通に考えたら「インターポール」とか、「インターナショナル・クライム」くらいが似つかわしいと思うが、米独英の共同制作のしがらみがこのような中途半端な内容と題名に現れているのかもしれない。「国際捜査官サリンジャー」という題名でコピーが「政府も手が出せない国際メガバンク vs はぐれインターポール捜査官」でどうだろうか。

 綺麗なシーンのいくつかは確実に心に残る
ので、経済クライムを期待せず気軽に見るのがおすすめ。

 

 

2020年7月29日水曜日

ゾンビランド

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★★★☆☆
~ボーイ・ミーツ・ガール ゾンビ映画~

 2009年の米映画。ゾンビ物だが陰鬱にはならないゾンビワールド朗らか珍道中。
 

 狂暴になり人間に対して食欲を湧かせるゾンビ化ウイルスがあっという間に世界に蔓延。わずかな生き残りが各地で孤軍奮闘する状況となった。
 大学生のコロンバス(人物全てが地名の仮名を名乗っている)は引きこもり体質を活かしてテキサスの街で生き残っていたが、実家にもどってみようかと思い立ち旅に出る。徒歩で向かう道中ゾンビハンターとも言える屈強な男タラハシーに拾ってもらい、彼の車に同乗。途中さらにウィチタとリトルロックの姉妹と出会い、姉にコロリと恋に落ちるがゾンビ以上に一筋縄ではいかない相手だった――。

 ゾンビという題材はあれこれと都合が良い。どんなに残虐な表現をしようが人間ではなくモンスターなので、倫理機関の審査を通すに有利だ(これはゲームでもまったく同じ。人間で無ければ良いという解釈で切り抜けることの出来る制限は大きい)。物語としても前提を共有しやすく、理由や救世の展開を用意する必要もない。非常に大きなゾンビ映画という枠の中で、他のゾンビものとの違いを表現することに注力すればよく、ともかく取っつきが良い。これはラノベの異世界転生ものが蔓延したのと同じ理屈だと思う。


 今作の特徴的な部分は映像のスタイリッシュさと、人間関係を非常に狭くとどめて、その中でのやりとりに終始していることだ。主人公は己の決めた「ルール」を守ることで生き延びており、そのルールをテンポ良く言葉と画面で示していくのが冒頭となっている。しかし、この映画はそのルールに絡んだやりとりを主体にしたものでは決してなく、これはつかみに過ぎない。なにせ三十以上のルールが存在するというのに、実際に出てくるのは十にも満たないのだ。本筋は「陰気なオタクが情けないながらもがんばって、高嶺の花をゲットする」という分かりやすい青春映画である。本来なら重ならない、異なるカーストの二人を同行させ、アピールチャンスを与える必然性をつくるのに「ゾンビ」が使用されているという形。彼の付和雷同と無駄に強い女性崇拝の姿勢に自分などは大いに共感できるが、ただただ情けない主人公に腹が立つ観客もいるだろう。そこに当てはまってくるのが短絡的だが即断即決でゾンビをなぎ倒す狂戦士タラハシー。アクションの爽快感を彼が担保することで映画全体のバランスが取られている。
 実際コロンバスは対ゾンビ戦においてあまり活躍しないが、パーティーをまとめる人物としての発言を要所で行い、最後には自分が固辞していたルールを打ち破る。己の殻を破るという成長を見せることで彼は主人公たり得ているのだ。
 
 
 行きすぎたスプラッタはギャグに繋がることはゾンビ映画「死霊のはらわた」(サム・ライミ)や「ブレインデッド」(ピーター・ジャクソン)を見るとよく分かるが、今作はスプラッタの方向ではなく、ゾンビ達の単純で懸命な行動の様子と、それに対する人間達の合理的で割り切った態度がコントラストとなって笑いを誘う。単純に追いかけてくるゾンビと距離を取るために延々駐車場をグルグル走ったりするのだ。引いた視点での滑稽さを押し出したコメディだと言える。
 「ゴーストバスターズ」主演のビル・マーレイが本人役で出ており、上滑りしがちなこの手の「本人役出演」の中ではかなり楽しいシーンを見せてくれる。ゾンビ映画をあれこれ見るのであれば、これもそれに加えておいて損はない。

2020年7月15日水曜日

その女諜報員 アレックス

 ※Amazonの商品リンクです。

★★☆☆☆
~最悪の邦題~

 2015年の米映画。凄腕美人犯罪者(けっこうドジ)の逃亡劇。

 南アフリカ、ケープタウンの銀行を襲った四人組の犯罪者。
 最先端セキュリティを力業で突破し、貸金庫からダイヤなどの奪取に成功するもリーダーであるアレックスの顔が人質達に見られてしまった。
 国外脱出のための準備を進めるが、貸金庫に入っていたUSBメモリに重要情報が入っているらしく、素性の知れない武装集団に襲われる。どうも今回の犯罪、様々な裏がありそうである。
 アレックスの生き残りをかけた戦いが始まる――。

 ともかく冒頭のつかみが悪すぎる。世界に引き込んだり、作品の雰囲気やフィクションレベルの提示として非常に重要な部分なのだが今作についてはここが一番ひどい。
 銀行襲撃のシーンなのだが犯人達は全身同じ防具に身を包んで顔もまったく見えない。声もボイスチェンジャーで判別不能。謎のLED正面が全身についておりその色が違うためそこで判別しろということなのかも知れないがいやいやそれでは分からん。何人組かも分からん。仲違いの緊迫するシーンもカット割りが良くないので誰がどうしてどうなったかが壊滅的に分からん。
 劇的にアレックスが登場するシーンを演出しようとしているのだろうが、端的にいって失敗しており、それどころか冒頭の横柄な態度が初印象になってしまいネガティブスタートの始末。

 実はこれ以降の展開やテンポはなかなか良い。その判断はないだろうという展開ばかりだがアクションシーンが五月雨に続いて退屈させない。アレックスの素性について判明することで解けていく伏線もあるし、キャラクターそれぞれがきちんと自分のポリシーを持って動いているので生きている感じがする。

 アクション映画としてみると主演のオルガ・キュリレンコがアクション映画の主役としては厳しい。動き自体はそれなりだが、格闘のプロフェッショナルには見えないし、がんばっている一般ヒロインというのがやっとだ。

 最も腹が立つのが邦題。原題は「Momentum」。
 実は2014年に日本で『その女アレックス』というミステリーが日本で発売されてヒットを飛ばしている。この作品と本映画はまるっきり関係がないが、見ての通り見事に紛らわしい題名となっており、2016年に日本で公開されたタイミングと考え合わせても誤認視聴を狙ったものであろう。あまりに糞であるが、弱小配給会社の必死の一手というところか。――にしても本家は映画化もされていないので受けた被害はかなり大きいのではないだろうか。別物だと理解していない人も多いだろう。
 さらに余分に足した「諜報員」がきっちりネタバレで、作品中盤までひっぱている謎をすでに開陳している始末。
 自分の知る限りひどい邦題トップスリーに入りそうである。
 
 結末は続編に続くような雰囲気で「戦いはこれからだ!」となっているが2020年現在では動きがないようで、まあ今後もないだろう。

2020年6月17日水曜日

ストリートファイター ザ・レジェンド・オブ・チュンリー

ストリートファイター ザ・レジェンド・オブ・チュンリー [Blu-ray]
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 ★★☆☆☆
~おもしろくないのに見ていられる~

2009年の米アクション映画。世界的ヒット作であるビデオゲーム「ストリートファイターⅡ」を下敷きに、そのキャラクターの一人(非常に人気が高い)である「チュンリー」を主人公としている。

厳格ながらも優しい父・シアンと美しい母・ジーンに見守られて育った春麗。その幸せな生活はある夜屋敷を訪れた謎の男ベガ、そしてその部下バイソンのシアン誘拐によって崩れ去ってしまう。その後美しく成長した春麗は幼い頃からの夢だった世界的なピアニストとなって、病に伏した母を支えながら暮らしていた。ある日公演を終えた彼女の元に謎の絵巻物が届けられる。春麗はその絵巻物に心惹かれ、解読を試みようと古本屋へ持ち込んだ。古本屋の女主人は絵巻物を見て「バンコクへ行き、ゲンという男を捜せ。そのためには今の生活全てを捨てなければならない」と語るのだった。(Wikipediaより

 映画的な壺を押さえた作りと言おうか、大したことのない話と内容なのに、なぜか見ていられる。
 撮影と編集の勝利というか、プロの職人芸を感じた。
 格闘シーンでその技が特に目立つ。よくよく見れば動きが飛んでいるはずなのに、流してみると違和感なく躍動感を持ってつながっている。動きの方向やカットを埋める被写体の範囲、位置など、ともかくつながって見えるように編集しているのである。
 
 こういった職人芸は他の部分でも見え、割り切りとテンポの良さがすさまじい。
 格闘ゲームでは多数のキャラクターが存在するが、無理して全員入れようなどとはせず、カメオ的な出演含めても非常に絞られている。
 その上勿体ぶって現れた原作準拠でもある敵の切り札、暗殺者「バルログ」がほとんど瞬殺されたり、それで良いの? と思えてしまうような潔さ。
 
 チュンリーが浮浪者生活(全然それっぽくない噴飯物)をするところはやたら時間をかけたり、最後までなんの役にも立たない警察組織の様子をダイジェストで差しはさんできたり、通常なら邪魔で野暮ったくなるシーンが、何というかバカバカしさのアクセントになっていてなんだか良い塩梅。チュンリーが広大なバンコクで「ゲン」という人物を探すのだが、この聞き込みシーンが振るっていて、通りがかりの屋台の人に「ゲンを知ってる?」「いいや」「そう……」だけなのだ。そんなん知ってるわけないし、本気で探してないやん! 警察も無能きわまれりの役に立たなさを常に発揮し、男女バディものの微妙なお色気シーンのためだけにいるのかというくらい事件解決に絡まない。
 ところが、このバカバカしさが定食の漬け物、カレーの福神漬けのように全体としてはしっくりくるのだ。何というか、緩急の緩の部分、流し見ても問題ないというのが分かりきっているので、気を緩めるのに丁度良いのだ。
 
 一見ただのキャラもの映画であるが、この題材をこのように気持ち良くまとめるのは職人芸といえる。
 万人に勧めるといったものではないが、どのような作品も多数のプロが関わっており、各人がきちんと役割を果たすことで映画になっていくのだと感じ取れる、応援歌のような作品だと感じた。
 
 必殺技の表現に関しては「スピニングバードキック/回転的鶴脚蹴」は表現がきつすぎて残念。気功拳は割りと表現されていたが百裂脚はそもそも出てたかなあ……。
 これらがCGバリバリで表現されても、映画全体で見れば確実に浮いていただろうから、スタントの範囲内で収めていったのはこれまた英断だと思う。
  ※気功拳だけはエフェクトで表現してました。

 お笑いコンビの千原兄弟が日本語吹き替えに参加しているが、作品の質を低下させる効果が目立っており、文化破壊的。あきれる。

2020年6月15日月曜日

新幹線大爆破

新幹線大爆破 [Blu-ray]
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★★★★
~ラストシーンにしびれる~

 1975年の邦画。自分が生まれた頃の映画だが十二分に楽しむことが出来た。
 監督は「ミスター超大作」こと佐藤純彌。
 「人間の証明」「植村直己物語」「敦煌」といった世界を股にかけた作品多数だが、「北京原人 Who are you?」でとんでも監督の烙印をおされてもいる。まあ北京原人もワールドワイドといえばワールドワイド……。
 

 安全神話を誇る新幹線。爆弾設置の電話といういたずらに困らされていた時節、電話がかかるが、今度は本物である事の証明としてローカル機関車の爆破を予告。実際に爆破事件が発生した。
 時速80キロを切ると爆発する――。有事には緊急停車して安全を確保する新幹線の基本方針を逆手に取ったような犯行。
 東京発福岡行き109号の猶予は福岡到着までの10時間。爆弾の解除を目指して必死の捜査活動と、列車運行が開始される――。

 152分と長い作品だが、犯人側のドラマをきちんと描いたことがその理由である。現に100分ほどに短縮された海外版ではその部分がごっそりと削られているとのこと。これはこれでテンポが良く評価が高いらしい。
 犯人側の事情に時間を取るのは勧善懲悪主流の当時は珍しかったらしいが、それがこの作品を今でも楽しめる傑作にしている。
 この姿勢は犯人役を高倉健が演じていることからも明白。様々な理由から社会と分断された四人(一人はおまけ)で国(相手は国鉄と警察なので)を相手に蟷螂の斧を振り上げる様は、犯罪とは言え感情移入せずにはいられない。「誰も死なない完全犯罪」を目指していたのも大きい。
 反対に腹が立ってくるのが警察の様子。懸命に犯人を追う様子が描かれるが、正義側なら何をやってもいいという傲慢がにじみ出ているように感じる。身代金の受け渡しでは犯人逮捕のチャンスとばかりに気色だって、犯人側の指示を無視して猪突猛進、一味の一人を事故死させてしまう。新幹線が爆破されてもおかしくない状況を生み出して、悪びれずにまた嘘八百を並べ立てて口八丁手八丁。印象としては警察組織の方が悪役に思えてくるくらいである。まあこれも制作者側の意図なのだろうが――。

 この内容で国鉄がよく協力を許したなあと思ってしまうが、実際国鉄との連携は断られたとのこと。
 条件の折衝は行われたらしいが、現場が映画の魅力を損なう改変を拒否。映画会社側もすでに突っ込んだ資金を完成によってまかなうしかなく、結局セットやゲリラ撮影、盗撮などで進めていったらしい。
 客席は精巧なセットで、座席などは本物を納品している会社に注文したとか。その会社、国鉄からこっぴどくしかられたとのこと。
 様々な苦労の甲斐あって、協力なしとは思えない本格的な列車映像を堪能できる。
 
 物語のラストは類を見ない潔さで断ち切られており、抜群にいい雰囲気。
 これを見るためだけでも十分な価値があるだろう。


2020年5月1日金曜日

サマータイムマシンブルース

 サマータイムマシン・ブルース [Blu-ray]

 ★★★☆☆
~最小で最笑のタイムマシン物語~

 2005年公開の邦画。タイムマシンを題材にしたSF青春物語。
 

 夏。大学の人気のない運動場で五人の男と一匹の犬が野球っぽい競技に躍起になっている。
 それを一眼レフで撮影している女性は、絵にならない被写体の何を撮っているのか。
 彼らはまったくSFを研究しない「SF研究会」の面々であり、一緒の部室を共有しているカメラ部員である。
 野球の後、銭湯に行って汗を流し、またいつものように部室のクーラーのスイッチを入れる。
 何の変哲も無い不毛な夏の日々に、わずかな違和感が積み重なっていく。
 そして、タイムマシンが現れた――。

 人生の夏休みの、さらに夏休みを過ごすバカな男たちとそれを眺める女たち。
 何か普遍的な構成を感じるが、ともかく男たちがバカである。
 バカなのだが、きちんと方向性の異なる個性的なバカが、自分の役どころを持って集会している状態なので強烈なお約束とノリでドンドコ会話が繋がっていく。まるで吉本新喜劇。
 このノリがダメな人にとってはもう耐えられない映画だろうが、楽しめる人にはバカだなあと笑っていられるし、それなりに人情話がおり混ざってきて最後は何となく丸く収まる。感動的でもある。
 
 タイムマシン物の宿命として、この作品にも「下手すると世界や宇宙がやばい!」という展開はあるが、冒険規模はこれまで見た中で最小規模であり、もちろんそれを狙っての作りである。焦点となるのがなんとクーラーのリモコン。これを軸に100年以上にわたる因縁を解きほぐしていくのだからすごい。

 話がややこしくなるのは仕方がないが、なんとか飲みこむことができる。起承転結の「起」にたっぷり時間をかけて準備したからこそだと思うが、それでも全然物語が進まない「起」は長すぎるだろう。タイムマシン物を宣言しているから前準備として許容されるのかな。沈むと分かってるタイタニックのように。

 舞台が限られており、これは演劇に向いているかもと思ったが、実際は2001年の舞台を原作として映画化されたものなのでそりゃそうだった。このややこしい話を舞台で説明するのはまた異なる技術、トリックが必要だろう。一度こちらも見てみたいものだ。

 
 

2020年4月17日金曜日

世界侵略: ロサンゼルス決戦

世界侵略:ロサンゼルス決戦 [Blu-ray]

★★★☆☆
 ~ドキュメンタリー調のVSエイリアン戦争映画~
 
 2011年の米映画。エイリアンの侵略とそれを迎え撃つ米軍の戦いをドキュメンタリータッチの臨場感でえがくSFミリタリーアクション。
 

 2011年、世界中の沿岸海域に隕石状の物体が落下。エイリアンとされる武装集団が侵略を開始する。
 海兵隊のナッツ二等軍曹も一部隊を任されてロサンゼルスの市街に展開するが、かつての作戦で部下の多くを戦死させ自分は生還した事実がひろまり、部下からの評判は芳しくない。
 圧倒的不利な状況下、市街に対する大規模な空爆が決定され、残った市民を安全域に避難誘導させる任務にナッツの部隊もかり出される。
 指揮官マルチネスの元作戦を展開するが、エイリアンの戦力は想像を絶するものだった――。

 この映画の説明として言われるのが「エイリアンの出てくる『ブラックホーク・ダウン』」であり、これが非常に的確。
 部隊の一員としてカメラが随伴しているようなノンフィクション調の作りになっており、そこにエイリアンが出てくるのである。この立て付けは非常におもしろく、空想と言うよりシミュレーションといった印象になる。
 物語要素は積み込み過ぎなくらい投入されており、さまざまな人間模様が展開される。戦闘としてもエイリアンとの初接触から戦闘規模の拡大、敵軍の弱点を発見してそこを突く、まできっちり描かれる。これは戦争全体を描くことをせず、カルフォルニアの一部隊に限定して追いかけて行く構成がうまく働いており、ラストもエイリアンを完全に撃退した! ではなくひとまずカルフォルニアで蹂躙一方ではない反抗が達成されたという規模にとどめて、よっしゃ今後もがんばるぞ、となっている。全体を描くためにあらすじを追うようになるのと比べればはるかに良い。

 仲間がばたばたやられるがエイリアンに対する扱いも容赦なく、機械化された兵卒エイリアン(強力な武器を使うために体に機械を融合させられたような姿で、使い捨て感にどこか同情してしまう……)の弱点を知るために生け捕りにして装甲を外し、内蔵に順にナイフを突き立てて心臓を探すというグロさ。戦争の悲惨さを敵軍にも波及させて、「インディペンデンス・デイ」のような地球軍ヤッホーな内容にはなっていない。

 全体にクオリティの整ったグロ目の娯楽作として充分に楽しむことが出来る。
 まとまりすぎて心に強く刺さるとかいう奇抜さは無いかも知れないが、それは非難されることでもなく良く作られた映画だと思う。

 

2020年2月4日火曜日

十二人の死にたい子どもたち

十二人の死にたい子どもたち (通常版) [Blu-ray]

 ☆☆☆☆
~青春の主張~

 2019年の邦画。サスペンスとミステリー。
 原作は「天地明察」「マルドゥック・スクランブル」を手がけた冲方丁初の長編ミステリー小説。
 監督は一時代の無理矢理おもしろくするフォーマットを確立して見せた堤幸彦。
 

 携帯でメールを見ながら廃病院に続々集まる少年少女たち。
 自殺を決した12名がネットでの呼びかけに応じて死ぬために集合していた。
 全員がそろってみると12のベッドが据えられた自殺決行の部屋で、あり得ない13人目がベッドに横たわっていた。誰がそれを行ったのか、どうして行ったのか。
 自殺の決行は全員の合意がなされるまで行われない。参加者でもある主催者のルールにより、12人は事件の真相を求めて行動を開始する――。

 廃病院に舞台を限定していることで、上手く映像のクオリティを安定させていると感じる。冒頭の空撮から廃病院入り口へ至り、その後病院内の各所を移していく流れなど、非常に期待感をあおるなめらかなつなぎとなっている。少し現実とずらしたイメージカットを挿入したり、象徴的なデザイン(母胎像)を各所に廃したり、雰囲気を上手く盛り上げている。
 12名(13名?)にも及ぶ登場人物に上手く自殺にいたった経緯などを披瀝させ、同時にキャラクター性も視聴者に刻み込んでいく。これなど服装、話し方、キャストなど多くの要素をくみ上げた事による成果であろう。
 
 ただ、話が進んでいくほどに印象は厳しくなる。

 まず一見して「子ども」という言葉に引っかかるだろう。設定では15~18歳の子どもたちとなっているが見た目がとてもその年齢には見えない。実際役者は17~23歳で、全般に苦しい。確かに言葉や思考の浅さには子どもらしさがにじみ出て、中二らしさがあふれているので、これは映画特有のキツさなのかもしれない。あえて大人の外見で中身との剥離を示しているのだろうか。いくら見た目が立派でも、中身が子どもでは仕方がないよ、と。

 次に閉鎖空間で12名がひしめき合う状況で組み上げられたトリックが苦しすぎる。行き当たりばったりの行動が、ただ偶然で事件になっただけなのだ。その偶然は信じてみても良いと思えるようなロマンチックな物ではなく、作者の都合だけの落胆するような物だ。それが映像になることによって、おそらく増幅されている。見るからに嘘っぽく、ご都合主義なのだ。

 最終的には12人の子どもっぽい主張を聞くだけの事を、無理矢理ミステリーに仕立て上げた作品という位置づけ。
 同調圧力に負けるだけに見える最後の展開も、いささかうんざりでエンディングを迎える。

2019年12月28日土曜日

サカサマのパテマ


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★★☆☆☆
~魅力的で難しい素材~
 
 2013年に劇場公開されたアニメ。
 監督は個人制作で話題となり「イヴの時間」で知名度を上げた吉浦康裕。今作はスタジオで制作されている。
 

 「空」を忌避する国に住み毎日学校へ通う少年エイジ。父子家庭の父は特殊な機械で空を目指して異端者として死亡したため、遺児のエイジも白い目で見られがち。規律に反発心を持ち町外れの「大穴」の側で空を見上げる彼の前に突然少女パテマが現れる。エイジ達と正反対の重力下で生きる彼女は大穴を上向きに「落下して」現れたのだった。
 手をつかまなければ、彼女は空に落下して行ってしまう。エイジは彼女をかくまい、仲間達の元に帰る手助けをする事にするが、国は反対の重力に生きる地下住民達を害獣として捉えていた――。

 国も重力も相反する少年少女の出会いと、そこから生まれる新しい世界を描いた作品。逆重力の二人はお互い抱き合うことによって重量を相殺し、一方への極端な落下を防ぐ。無重力状態に近くなるのでまさに空を飛ぶことも可能である。
 逆重力の設定はそれだけで上記の様な繋がりを導き、これまでにない不思議なシチュエーションを描き出している。一画面の中に複数の重力の絵を描くのは非常に大変だったろうと思うが、丁寧に描き上げられている。逆重力は世界の秘密にも直結する設定となっており、「サカサマ」は物語のあらゆるところに現れて全体に一貫性を与え、最後には興味深い大きな「サカサマ」も控えている。
 映像のクオリティも高目で安定しており、今日をそがれる部分はない。
 
 全体として破綻の無い良作アニメだといえるが、各所で気がかりなところも多い。
 
 光学的な処理を入れすぎている。
 新海誠監督でおなじみのブルームや縦横一方に長く伸びる光輝がほとんど全画面に挿入されている。絵の情報量やクオリティを上げようとしたのかもしれないが、やりすぎ。表現になれてしまうとあるのが当たり前になり、綺麗だなというよりも邪魔なものに感じられてくる。
 また、画面の中で光っている部分に気をとられてしまい、本来見せたかった部分に意識が向かわないうちに次のカットという事態にもなり、技法に振り回されている。逆説的だが、新海氏の光の使い方は上手いのだと改めて感じた。

 反重力の二人が互いに抱き合って行動する場面が頻出するが、重さを全く感じない。
 二人の抱き合う様子は手をつなぐ程度の気楽さに描画されているが、実際はサンドバッグに抱きついて宙に浮いているような状況である。しかも離すと奈落の空に落下するというシチュエーションなのに命綱をつけようともしない。そこを現実的に描くと物語が動かないための緩和処置だと思われるが、世界観を最も感じさせる部分なので何らかのアイデアを見せて欲しかった。
 光輝の伸び方が重力によって違うかと思ったが、そんなことはないみたい。

 サカサマの顔はどうにも変に見える。
 こんなに上下逆の人の顔を長くアニメで見ることがなかったのでこの映画で初めて意識したが、反対の人の顔は可愛いのかどうか、表情がどうなのかといった細かな部分を判断しにくい。このハードルは思った以上に高く、感情や状況を把握するのに手間取ってしまい、結局各キャラクターへの感情移入の障壁となっていた。この題材を絵的に調理するのに、何らかのアイデアが必要だったろうと思う。

 進行が単調。
 「ジャーン」風のBGMでゆっくりズームイン/アウトが非常に多い。意味深げに見えるが、あれ? そんなに意味のある部分かな? という肩すかし。演出がワンパターンという印象かな。
 
 エピソードが淡々と続く構成で登場人物も限定されるので、絵本の形だと気になる部分は少なくなるかもしれないと思う。


2019年11月29日金曜日

スペシャリスト

スペシャリスト [Blu-ray]

☆☆☆☆
~質に関わらない価値~


 1994年の米映画。爆破アクションと言おうか、ラブロマンスと言おうか……。さまざま要素が絡み合うと言うより好き勝手に各要素をぶち込んだ闇鍋爆弾ロマンスと言ったところか……。

 元CIAの工作員で爆破による暗殺のプロフェッショナルであるレイ(シルベスター・スタローン)の元にメイ(シャロン・ストーン)から暗殺の依頼が入る。幼い頃両親を殺し、今や町の有力者然としている三人を殺して欲しい、と。レイは固辞するがメイに懇願され、まずは素性を確認するため監視を開始する。メイのあまりの美しさにに引きつけられてしまい結局依頼を受けることになってしまうが、暗殺対象の警護人ネッドはレイがCIAをやめる契機となった事情のある人物だった――。

 まず出てくる感想は「ぜんぜんスペシャリストちゃうやん!」という事になる。寡黙な戦士の雰囲気で描かれるレイだが、メイの声に惚れてのぞき見で姿に惚れて、ころころ転がされる童貞くさいおっさんといわざるを得ない。ライバルのはずのネッドも中二病っぽい「僕イカレテますよ」演技がきついだけでその戦闘力は未知数のまま終わる始末。巧みに自分の立場を切り替えてでっち上げの話で周囲を煙に巻きつつ、ありえない機転と実行力を発揮するメイこそが御都合主義の申し子としての「スペシャリスト」だろう。

 しかし、このような映画が生まれた背景も、これが正しいのだという主張も分かる。
 スタローンは前年1993年に「クリフハンガー」「デモリションマン」で再び注目を集めており、シャロンは1992年に「氷の微笑」でセックスシンボルとなっていた。この二人が主演し、それぞれの持ち味を活かした映画が作れれば内容はどんな物でも良いというタイミングだったのだろう。レイは筋肉トレーニングを怠らないマッチョな爆弾専門家という筋肉が邪魔では無いかという設定だし、メイはいかにも男を籠絡するミステリアスな女。この二人のベッドシーンがあるとなればもう勝ちゲームの様相だったのだろう。
 時流を捕らえて売れる映画を出すというのは非常に難しい事だと思う。確実で簡単な事のように思われがちだが、実現するには幾つものハードルが存在したことだろう。その代償として質が損なわれたとしても納得である。
 分かりやすくいうと、これは旬のアイドル映画で、両スターの共演という内容はノスタルジックな視線において、今も何らかの価値を持っている。

2019年11月27日水曜日

三度目の殺人

 三度目の殺人 Blu-rayスペシャルエディション

★★★★
~驚異のバランス~

 2017年の邦画。「そして父になる」「万引き家族」で知られる是枝裕和による法廷サスペンス。福山雅治と役所広司が主役を務める。

 弁護士の重盛(福山雅治)は同僚弁護士からとある殺人事件の国選弁護の担当を頼まれる。依頼人の三隅(役所広司)は30年前にも北海道で殺人事件を起こしており、服役の後勤めていた会社の社長を川辺で殺した容疑での裁判だった。殺人についてはすでに自認しており、見込まれる死刑から無期懲役への減刑を目指すのが重盛に依頼された内容となる。
 真実の解明ではなく被告の最大利益を目指すのがポリシーである重盛は減刑へのとっかかりを求めて三隅の過去から現在に至る流れを再調査するが、突破口を見出す度に三隅の供述はふらふらと変遷し、つかみ所がない。やがて一転二転する供述は裁判の前提とされている範囲まで立ち戻り、裁判官、検察と足並みを揃えて有利な判決を得ようとしていた重森の思惑を崩しさる。三隅との対話、見えてくる事実との対峙により、重盛は事実と真実、裁判で裁かれることと裁かれないことといった領域に踏み込まざるを得なくなった――。

 初めは単純に見えた事件が情報を集めるほど複雑になる流れはスリリングで先が読めず面白い。特に役所による三隅の演技は素晴らしく、人格が複数宿っているかのようなつかみ所のない不気味さの中に、何か超越者めいた雰囲気を感じさせてくれる。それと対峙する重盛を演じる福山雅治も負けてはおらず、二人の存在感が拮抗。このバランス感は作品上非常に重要で、どちらかが明らかに勝ってしまうとまずい構成になっている。
 というのは、この物語で最も重要な焦点は「なぜ三隅は殺人を犯したのか」であり、その結論は作品の中で明示されていない。重要そうな断片は数多く示され、それぞれが関連をもって方向性を示してはいるのだが、複数のストーリーラインが絶妙のバランスで併存しているのである。重盛と三隅のバランスもその中にある。この、「結論を出さない」という姿勢はそんじょそこらの「結末は視聴者にゆだねます」のエピローグや今後の展開を描かないといったものでは無く、三隅をどのような人物として理解するかという映画全編をそのまま差し出している。この葛藤は重盛の葛藤と同値であり、他人には差しはかれない部分を裁かなければならない裁判という存在の限界を突きつけてくるのだ。
 「裁判は真実を明らかにするものでは無い」と断言していた重盛は、自分が求刑をいかに軽減するかというプラスの方向しか見ていなかった事に気づき、反対に真実と関係なく死を宣告される事もあるという状況を目の当たりにする。そしてそれに自分も加担した事で人が人を裁くことの恐れと罪を自覚して物語を終える。重盛が最終カットで物語を象徴する十字架にたたずんでいるのはこのためだと思う。

 この結論しないというバランス感覚は凄まじいもので、よくぞ最後まで綱渡りから落ちずに完走したものだと思うが、架空のイメージカットを現実と混在させて視聴者を混乱させたりミスリードを誘うのはちょっと卑怯かなと感じる。またこれもバランスを取るためだろうが警察組織があまりに無能で役に立たない。いくら自供しているからといってその裏付けを行わなかったり、少し調べれば分かる周囲の状況に全く無関心というのは実際はともかく物語として引っかかりが大きい。

 見終わった後すっきりしない感覚に陥ると思うが、今作はそのために作られているので正しい反応だと思う。
 何だったんだろうと考える際は、「三度目の殺人」というタイトルが示す殺人が誰が誰を殺したものかというところからとっかかってみると全体を見わたしやすくなるだろう。



2019年11月12日火曜日

スナイパー/狙撃


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 ☆☆☆☆
~近接最強スナイパー~


 1996年の英/加(カナダ)映画。
 遠方から標的を銃撃する「狙撃手」を主人公としたアクション映画。
 

 ワックスマン(ドルフ・ラングレン)はさまざまな戦場を渡り歩いた歴戦の狙撃手。次の任務は建設途中に放置された高層ビル最上階からの狙撃。二名の守衛の目をかいくぐって侵入に成功。同時に狙撃補助者(スポッター)のクレッグは電気系統の点検を装って正面から侵入するが、その美しさから不良警備員オハラの性的興味を引いてしまう。
 ワックスマンは過去、クレッグ初任務時にパートナーを組んだことがあり、失敗、逃亡を共にした仲であったがなにやらただならぬ因縁がある様子で――。

 色々な失敗が散見される映画で、単純なのに分かりにくく、すっきりしない。
 
 ◆主人公達の位置づけが分からない
 冒頭過去の狙撃任務が描かれるが、何のために何をしようとしているのか説明皆無。辛うじて狙撃対象だけは分かるが意味不明。この任務は失敗に終わったがなぜ失敗したのかもよく分からない。ワックスマンの狙撃手としての腕前は披露されないので、凄腕とはとても思えない。この状態は終了まで続き、どういう団体に所属していて何のために戦っているのかまるで謎。そして当然狙撃手としての腕も不明のまま……。
 この不安感は思っていた以上に居心地が悪い最初にキャラを立てるのは非常に大切で、それにはある程度の素性(善か悪か)も必要なのだという教訓を得た。

 ◆スナイパーなめとんか!
 映画中ワックスマンが活躍しないわけではないが、この映画、決して狙撃手を描こうとはしていない。何せ「ロッキー4/炎の友情(1985年)」でアポロをぶち殺したロシアの殺人機械ドラコを演じたドルフ・ラングレンである。撃そっちのけで敵と殴り合い、近距離銃撃戦に興じる始末。見た目的にもそれが正しいが、言い訳程度に狙撃するのがきつい。なんと遠方のビル屋上の敵対狙撃手と立ち姿のまま狙撃合戦、敵の射撃を飛び退いて避けた後照準も合わせずに一発命中とか、スナイパーをなめてると思う。

 このように決して「スナイパー/狙撃」を名乗って良い内容ではない。原題が「Silent Trigger」となっておりまだこっちの方が無口な戦士的雰囲気に逃げられる感じ。邦題としては「ドルフ・ラングレンの近接最強スナイパー~あいつとおれと~」が内容雰囲気込みでジャストミート。あれ、結構面白そうじゃない?
 
 見所としてはドルフ・ラングレンの筋骨隆々な肉体美。Tシャツスタイルで主張する筋肉のラインはほんとカッコイイ。それと対比するようなグレッグ(ジーナ・ベルマン)のキリッと引き締まった女性の体の美しさがお互いを引き立てている。この二人が狙撃時間までの時間つぶしに体を重ねるのだからたまらん。グレッグが上着をグワッと一気にまくり上げるシーンが今作の最も美しいシーンだ。敵を排除しきってない状況で何しとんねん! と思うが迂闊とか危機管理とかそういう野暮はほっといてこのシークエンスを入れたのは作品魅力として正しい。これが無かったら虚無に近い。

 過去任務の逃亡劇が所々に差しはさまれて二人の因縁を描くが、何が因縁なのか分からない始末で物語としての意味はほぼ無い。ただ、この逃亡劇の方がビルからの狙撃よりはるかに面白いので、こちらだけをきっちり描いた方が良かったのではないだろうか。新人とベテランのバディものとしてまとまりも良かっただろう。