2020年12月23日水曜日

アップグレード

 アップグレード [Blu-ray]
 ★★★★
 ~隙のない完成度の高い一作~

 
 2018年。米サスペンスアクション映画。
 非常に面白い。メジャーではないが多くの人に見て欲しい埋もれたお宝の一作である。
 

 今より少し進んだ未来――。
 もはや骨董品となりかけているエンジン自動車のメンテナンスをして趣味人に提供しているグレイ。その妻であり、肢体不自由者にコンピュータ制御の高性能な義肢を提供する会社を経営するアシャ。二人は順調な夫婦生活を送っていたが、突然暴漢に襲われてアシャはグレイの目前で殺害。グレイ自身も首に衝撃を受けて四肢麻痺の状態となる。
 全てを失って失望の淵に沈むグレイに、仕事で知り合った天才発明家エロンが訪問。神経接続により人間を補佐するAIチップ「STEM」を首に埋め込めば、元の生活に戻れるという。グレイはその話に乗り、AIチップと共にアシャを殺した犯人を捜し始める――。


 バディものとしての両者の関わり合いが名作漫画『寄生獣』を彷彿とさせる。寄生獣の場合は右腕が謎の寄生生物となり、普段は宿主の意志のままに動くのだが、ことあらば優先権を奪い取り、独自に動き始める。寄生生物には意志があり、会話も可能で人間の価値観とは異なる、極端な合理主義で判断を行い、時にはあまりに残酷な手段をとる。
 今作では頸椎以下、頭部以外のほぼ全身をSTEMが司っているのだから寄生獣よりも乗っ取り度合いは遙かに大きい。しかもSTEMは首から上の操作をすることも可能なのだ。
 
 映像においては「隙がない」というのが第一印象。捨てカットや安っぽい画面がなく、一定のクオリティで終始構成されている。しかもその基本ラインが高い。特記すべきは近未来のありようで、無理なく現在の延長線上を表現しており、現実感が強い。
 AI技術、生体工学、ナノマシン技術が進展している模様だが、しっかり地に足がついている。ビルの形状が多少重力の制限を無視したように変形しているが、全体として街の様相は変わらない。警察の高性能のドローンが市中を飛び回って居るが、武装は無く監視しか出来ない。完全自動運転の車が実用化されているが、超高級車の扱いで、普通の人力運転車(EV)も同様に道を走っている。身体欠損を補うインプラントが行われているが、無骨で洗練されたものではない。
 基本は現実と同じで上記のような要所要所のみの表現に注力することで、効率よくクオリティの高い未来世界を構築している。
 
 グレイの意志で動いている時とSTEMが勝手に動かしている時の差異表現も上手い。機械の動きは良い具合に色気がないのだ。大道芸にロボットの動きのパントマイムがあるが、あれを非常に薄めた形で露骨すぎない合理的な動きになる。顕著なのは戦闘時で、それまでおっかなびっくりなのが一転して、カンフーマスターばりのキレッキレのアクションを見せるのである。この辺り変身ヒーローのような爽快感があり、出来ればそのままヒーロー物語になって欲しかったが――。
 STEM挙動時に多用されているキャラクターに対して固定されたカメラもおもしろい。バラエティで絶叫コースターに乗ったリポーターの表情を捕らえるために、ヘルメットに固定されたカメラ(自撮り棒みたいな)を使用する事があるが、あれの派生といった感じ。キャラクターが起き上がる場合、世界の方が回転するような映像となる。これは感覚とは無関係に情報処理によってのみ外界を理解して、効率良く行動するというAIの世界認識をうまく表現していると思う。

 合理的だが人情を解しない機械と、情けないが人情で物語をまとめていく人間。バディものとして非常に魅力的な設定が、昨今ないくらいうまい形で構築されているのに、物語は徹頭徹尾悲劇へと流れていってしまう。最後までSTEMは一切ぶれない冷徹さを継続し、透明度を保ったまま物語は完結。美しいとも思うし完成度も高いと感じるが、後味の悪さが残ってしまうのを残念に感じた。AI物はバッドエンドが多いなあ……。

 

 

2020年12月11日金曜日

スターシップ・トゥルーパーズ レッドプラネット

スターシップ・トゥルーパーズ レッドプラネット 通常版 [Blu-ray]
☆☆☆☆
~過疎感がすごい~


 2017年の日米合作CG映画。日本公開は2018年。
 バグと呼ばれる宇宙怪物(怪虫?)と遭遇した人類が、宇宙船に兵士を詰め込んで戦争を行う物語。
 

 民主主義崩壊後の新政府、地球連邦では軍部を中心とした「ユートピア社会」[2]が築かれている。社会は清廉で、人種・男女の差別なくまったく平等に活躍しているが、軍歴の有無のみにより峻別され、兵役を経た「市民」は市民権を有し、兵役に就かない「一般人」(劇場版日本語字幕では庶民」)にはそれが無い。銀河全体に殖民を開始する人類だが、その先で遭遇した先住の昆虫型宇宙生物(アラクニド・バグズ)の領域を侵したことから紛争が発生し、バグズが地球に対し小惑星を突入させる奇襲攻撃を仕掛け、全面戦争が始まる。<WIKIPEDIA『スターシップ・トゥルーパーズ』より>

 
 ポール・バーホーベン監督による映画一作目「スターシップ・トゥルーパーズ」は、高校時代の親友達がそれぞれの道で宇宙怪物バグとの戦いに挑んでいく姿を描き、監督本人が込めようとした軍国主義やプロパガンダに対する皮肉はあまり意識されない形で人気を博した。実写映画は三作続き、その後テレビシリーズにも展開されたようだが、今作はそれらの設定を引き継いだ、CGアニメ映画としての2作目となる。映画としては5作目。

 時折実写なのか分からないような映像もあり、画面単体でのクオリティはそれなりに感心させられるがそれまで。アニメでもCGでも実写でも、それは手段に過ぎず何が描かれ、どのような感銘を視聴者が受けるのかと言うことが本願なのだ。そう考えると今作はかなり寂しい内容だと言わざるを得ない。

 多用されているフレームぶれが非常に目につく。ショットの種類に関わらず、常に微妙にカメラを動かすことで、人が見ているような、人がカメラを持っているような雰囲気を出す手法で画面の情報量を増やして間が持ちやすくなるのも利点。だが、見ている人に気づかれない程度、空気感を出す程度にするべきなのに今作のそれは動かしすぎて安っぽい。

 宇宙戦艦、新兵訓練、艦隊攻撃、惑星殲滅、降下作戦、わずかな味方、惑星の運命を賭けた最後の戦い……。
 まだまだ沢山の要素がこんちくしょうとやけくそ気味にぶち込まれているが、数だけそろって全て小規模。残念ながら、全ての接頭語として「しょぼい」をつけるとしっくりくる状況。CGで数を増やしやすいバグの群体ばかりワラワラと出てくるが、兵士も火星市民も地球の司令部も、人間は最小限しか出てこない。人間のモブが居ないのでスカスカ。ソーシャルディスタンスかよ! と突っ込みたくなるほど過疎な雰囲気(映画はコロナより前なので関係ない)。

 ただ一つ、映画1作目のある意味失敗した点について、今作は達成しているかもしれない。1作目の内容があまりに面白かったため省みられることの少ない要素となってしまったのだが、「実は映画の全てが戦意昂揚のための映像作品でした」というのが本家のオチだ。軍国主義と喧伝放送による一見民意のように見える世界支配という主軸で、最後が徴兵宣伝で終わるという明らかなオチなのに、驚くくらい軽視されている。
 翻って今作は全編に渡って全て嘘くさく、また、戦闘シーンも大して興味を惹かれないという半端な出来なので、もし「これは戦意昂揚のためのプロパガンダ映像です」と言われらものすごい説得力だったろう。残念ながら1作目と違いそのような言及はないのだが、あればなるほど納得。自傷的なアプローチはファンの心に残ったかもしれないが、駄作のレッテルはさらに強固なものとして燦然と輝いていただろう。まさか狙ってそういうテイストにしたんでは――ないと思うが。


映画3作目『スターシップ・トルーパーズ3』の自分の感想記事はこちら。
スターシップ・トゥルーパーズ3 [Blu-ray]

☆☆☆☆
~神を風刺~ 

2020年12月7日月曜日

劇場版 幼女戦記

劇場版 幼女戦記 通常版( イベントチケット優先販売申込券 ) [Blu-ray]
★★★☆☆
~幼女として転生する理由~


 カルロ・ゼン(ペンネーム)による小説を原作としたテレビシリーズアニメーションの続編として制作されたアニメ映画。2019年公開。

 異世界転生物と言えば、現世では落ちこぼれだった主人公が転生時に与えられた能力により新世界で無双するというのが定番だが、今作はその流れに逆らおうとしている。もともと超利己的なエリートサラリーマンがリストラした相手の復讐によって命を落とし、死後の至高存在とのやり取りに於いても不遜な態度を改めなかったため、異世界でえらい目にあって信心改めろ! という次第。
 転生したのは女児ターニャ。一才から自我をもって前世の記憶も保持という事だが、これでまともに育つはずもない。

 放り込まれた世界は世界大戦直前の世界。一次と二次が混ざったような兵器レベルだが、大きく異なるのが魔力が動力の一つとして確立しているという点。魔力を使用した飛行能力と魔力強化による超威力の銃撃(もはや爆雷)が戦力として重要な地位を占めている。ターニャは自己保身の最適解として早熟の魔導師となり、所属する帝国軍内で栄達を遂げて安全な内地で勤務することを夢見るが、開始された大戦において合理的判断と大胆な決断により一躍英雄として扱われることとなる。ターニャの思惑とは逆の方向へ事態は進展していくのだ。

 ここまで来ると誰もが思う。異世界転生という導入は必要ないのではないか?
 
 いや、実はこの作品こそこの設定が上手く使われていると言える。
 ターニャは少女の姿でとんでもない毒舌を披露して部下を焚き付けていくのだが、中身がおっさんだからこそこの行動に説得力が出てくる。中身も少女だった場合、なぜそのような言葉を操るに至ったのかの説明をするのに、彼女のそれまでの尋常ならざる人生を描く必要が出てくる。少女でなかった場合、大人の女(もしくは男)ということになりなり、少女の半生を描くよりは期間が長いので多少楽だろうが、それでも異世界における成長過程を描く必要が出てくる。
 それを「殺されるほどいけ好かないエリートサラリーマン」の一言でかっちりイメージを固め、異世界選定という設定で戦場につなげてしまっている。
 
 少女でなくとも良かったのではないか?
 
 いやいやこれも少女でなければならなかった。
 エキセントリックな狂人じみたオルグ(昂揚そそのかし演説)はそのまま聞くとまさにいかれている。主人公として許容するにはぶっ飛びすぎているのだが、ここに少女というイメージをぶつけることで、戦場まっただ中の幼女上司という異常を先に打ち立ててしまっている。それが許容されるなら、あのような弁舌もあり得ることとしてするりと受け入れてしまうのだ。
 ただただあざといと感じられた幼女と戦場の組み合わせは、考えを進めるほど理にかなっている。物語がいかに凄惨なものだとしても、彼女の存在一つでフィクションの香りが陰鬱になるのを妨げてくれるのだ。(もちろん作り話なのだが)現実ではないものとして、適度な距離感で物語に対することが出来る。異世界ものにありがちな異性からモテモテのハーレム状態に移行しない(出来ない)のも幼女効果だろう。女児に懸想するのは一般的ではないし、しかも中身がおっさんだ。視聴者(読者)もその展開を期待しない
 ※小説『皇国の守護者』は同じように性格破綻した有能指揮官の戦記物であり、主人公は男で青年、転生はしていない。対照として面白い作品だ。
 
 かくして頭のおかしい狂人英雄が主人公として立つことが可能となっているのだ。

 映像作品としてみてみると一定水準を超えた演出と画面クオリティを保持した良作だ。扇動演説の表情描写も強烈なアクのある作画で、それに答える声の演技も耳をつくような金切り声が実に合っている。戦闘描写も迫力と見やすさ、映画的なレイアウトがバランス良く構成されていて特に難をつけるところがない。むやみに残酷な描写が挟まれることはないが、老若男女に分け隔て無く不幸が襲いかかるため、ターニャや女性兵士もえらい目にあう。今作では特に肉弾戦が多いため殴り合って顔がボコボコになっていくのだが、女性キャラが過度に守られることが多い創作物の中、どこか胸が空く部分がある。

 原作小説は未読だが、時系列を行き来する章構成になっているらしく、アニメ化に当たって分かりやすく並び替えたり省いたりしているとのこと。勢力毎の軍服や兵器のデザインも差別化されており、数々の留意の甲斐あって全体の進行、特に戦況の変転も混乱することなく理解できる。だがそれでも様々な国、勢力が入り乱れる「世界大戦」であるため、定期的な勢力状況の解説などがあればさらに分かりやすかっただろうか。現実の大戦を模している要素が多いため、そちらの知識が厚い人には理解もしやすく、元ネタと感応する楽しみ方が増えるだろう。

 問題は全編に感じる悪趣味だろう。かわいい顔をした幼女が毒舌を振るい、敵を屠って狂喜の大笑いをする姿は露悪趣味と言わざるを得ない。負けることが確定している(歴史として冒頭に語られる)大戦においての様々な戦いというのもやるせない。沈むことが分かっている『タイタニック』は待ち構える悲劇が特別な感触を全編に投げかけているが、今作の場合思いがけない悲劇ではないため、崖に向かって邁進していく人類の姿を夢も希望もなく見ることになる。それによって生まれる無力感や諦観は心に残るものではあるが、自分には少し重すぎるなというのが正直な感想だ。