2022年10月29日土曜日

スパイラル:ソウ オールリセット

 スパイラル:ソウ オールリセット Blu-ray(特典なし)

★★★☆☆
~濃密な93分~


 2021年の米映画。サスペンス&スプラッタ、ちょっとミステリー。
 
 デスゲーム物の世界を押し広げた2004年の『ソウ』から始まったシリーズ第9作。
 初代から2、3までくらいは見たと思うが、初代の鮮烈さを以降は超えられていないのではないかと思う。
 
 異論は様々だろうが、自分のソウのイメージは「ひどい拷問スプラッタ」「ちょっとした謎解き」「どんでん返し」であり、その意味で今作はまっことソウシリーズだと感じる。
 

 ベテランの警官マーカスが尊敬を集める一方で、目立たぬも勇敢な刑事エゼキエル・"ジーク"・バンクスと彼の新人パートナーであるウィリアム・シェンクが街の陰惨な過去を不気味に思い出させる恐ろしい殺人事件の調査を担当することになる。知らず知らずのうちに深まる謎に閉じ込められたジークは、自らが殺人鬼の病的なゲームの中心にいることに気づき始める――<Wikipediaより>


 一作目の記憶が濃い自分にとっては、ソウというと閉鎖空間に押し込められた窮屈な作品というイメージが強いが、今作は刑事がバディで事件を追う、いわばシリアスなビバリーヒルズコップのような趣。もちろん拷問スプラッタは最初から最後まで存在。「どこかの暗いところ」ではなく、事件の進展に応じて現場が身近ににじり寄ってくるという不気味さが追加されている。安全な場所が、無い。

 全編通して演出に迷いがなく、物語はテンポ良く進む。タメツメしっかりといった感じできちんと緩急がとれているため急ぎ足感は薄い。主人公の懊悩シーンが各所あるが、不協和音と早回しの首振りといったホラー的手法で不気味さと感情をきちんと伝えてくる。登場人物各人の奥行きをきちんと予感させつつ、かといって全員は相手にせず必要部分にのみライトを当てていく取捨選択。この監督、上手いと思う。

 この潔さは謎ときにおいても、終幕においても発揮され、必要十分なところでカッチリと状況を断ち切る。その心地よさ。自信が無いとなかなか出せない味だろう。全編に無駄がなく圧縮されており、93分とは思えない濃密さで、「ひどい拷問スプラッタ」「ちょっとした謎解き」「どんでん返し」を見事にパッケージしている。

 ただ「ひどい拷問スプラッタ」はやはり強烈で、万人に勧めることは出来ず、それもまあソウらしいと言える。この設定で続編を……、という内容ではないので、10作目がどのような位置づけで攻めてくるか見物である。


プラットフォーム

プラットフォーム (Blu-ray+DVDセット)

★★★
~設定とテーマと物語が一直線に並ぶ傑作~


 2019年のスペイン映画。SF&サスペンス&スプラッタ。
 スペインと言えば自分の好きなアレハンドロ・アメナーバル監督を連想するが、今作の監督    ガルデル・ガステル=ウルティア氏の今後も期待大。自分にとってスペイン映画の打率は非常に高い。
 
 10メートル四方ほどの閉鎖された出入り口のない部屋。それが縦に何十何百重なった謎の施設。
 各部屋には二人が収容され、すべての部屋の中央は完全な吹き抜けとなっていて上下が見通せる。
 毎日その吹き抜けの空間を降下してくるテーブル。その上には手の込んだ料理が満載だが、下の階層になるほど食い散らかされ、やがて何も残らない。
 一ヶ月ごとに階層はシャッフルされ、下層では生き残るための残虐な行為が当たり前に行われていた。
 
 もうこの設定のすさまじいことすさまじいこと。
 文字通り階層社会の寓話なのだろうが、以下のような要素が入り組んで現実に対しての食い込みようがすごい。
 
 ・完全に分断され、階層化された社会
 ・下層になるほど生きるためのリソースが欠損していく
 ・本来すべての人が生きられるだけのリソースが提供されているのに、中層以降全く足りない
 ・階層によってグラデーションのように変わっていく常識
 ・生き残るために行われるどこまでもどぎつい行い
 ・階層を移動する人々は現状と安全を捨てる必要がある
 ・変動する「安定しない階層」が人々から消し去っていく思いやり
 ・そこには何でも一つだけ持って入っても良い
 ・理解しがたい全体の構成とその意図
 
 これらはその一つ二つで作品テーマになり得る重い要素なのだろうが、今作ではすべてが渾然一体となっているのだ。
 似たようなテーマと描き方をした映画として『スノーピアサー』が連想されるが、寓意の直截(ちょくさい)さと筋書きのおもしろさにおいて今作が圧倒している。

 特に階層が固定的でなく変動する点が興味深い。階層が固定的であるのなら、上位層は上位の生活に慣れたあげく、下の層の生活をおもんばかり何らかの改善を試みると思えるが、今たまたま上位層という状況なので、ただただ今の境遇を刹那的に楽しむしかない。これは自然な心の動きだろう。
 この作品の中でも施設外や、食べ物をつくっている者達は階層とは関係ない枠外に固定化されている。現実で対応を探してみるとすれば、枠外は桁外れの上位資本家であり、階層の人々はそれ以外のすべての人間、となるだろうか。作品内で階層の人々はその枠組みの破壊を目指さない。その発想さえない。ただ、物語終盤以降において、階層外の上位存在に、みんな対等な人間であることを思い出させようとするのである。
 なんと夢想的なように見せかけた現実なのだろう――。
 
 寓話の色が濃い作品は説教くさくて退屈になりがちだが、今作はエンタメとしてみても最後まで観客を引きつける魅力を持っている。やもすれば出落ちになってそこで終わりそうな設定を、上手く操縦して異なる面、新たな情報を随時提供して物語を推進させていく。この辺りのうまさは理不尽シチュエーションでのサスペンスの金字塔『キューブ』を彷彿とさせる。つまり、設定だけでなくその生かし方が見事だということ。最後までしっかりおもしろい。

 閉鎖された施設という限られたシチュエーションの中で、退屈にならない物語を構築するのはどんなにか難しいだろうに。
 
 ただ、ここまで褒めておいて★3なのは、あまりにスプラッタ表現がきつく、とてもじゃないが人に勧められない。特に食に関する表現がモザイクになるほど致命的で、ここまでやる必要はあったのか――おそらく、あったのだ。
 下層の凄惨さが増すほど、階層上下のコントラストが増し、映画全体がくっきりと浮かび上がる。だからこれは制作者が望んだ減点ポイント、汎用性低下であり、★3はある意味今作にとっての最高点数なのだと確信する。

 ★2を減じるほど強烈なスプラッタなので、覚悟のない人は本当に見ない方が良い。

ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ

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★★☆☆☆
~ヤンキーバディのロマンス映画~

 2021年の米映画。ソニー系のMARVEL映画。2018年に公開された一作目を引き継いだ続編。
 記者のエディとそれに寄生した宇宙生命体ヴェノムが、ほかの宇宙生命体と戦いを繰り広げるアクション映画。
 アクション映画ではあるのだが、ヴェノム達が基本的に食人宇宙人であるため、スプラッター色が強い。エディとヴェノムは悪人のみ懲らしめて食べる、という線引きでがんばっている。
 
 前作は息子(当時5才)の実写洋画デビューとして映画館で見たのだが、人間の頭丸かぶりシーンなど残酷シーンが頻出。息子は映画館の膝掛けを頭から被って隙間から見るという状態で、未だに「あれは怖かった……」とトラウマになっている。どう考えても自分のチョイス間違いで、息子には申し訳ない。ネットのレビューで「寄生獣のようなバディもの」というのを見かけたので、それなら大丈夫かなと思ったのだが、そもそも寄生獣のグロさを見誤っているよ!

 そんなこともあり今作は一人で見たが、前提があまりにも異なる二人がお互いの理解を深めて、妥協点を見いだしていくという内容。これをアクションとスプラッターで描いており、見た目に反して優等生な筋書きといって良いかも。ただヴェノムがえらく「馬鹿だけど仲間思いのヤンキー」になっておりその表現もつたない。敵役にもそれなりの悪役になった理由があるのだが、起こした事件と釣り合うはずもなく、懲悪されても心が痛まないのはすがすがしい。

 見所は超人的なアクションなのだが、薄暗い中で暗めのキャラクターが高速で動くシーンが多く、状況の把握が難しい。映画館での視聴ならばもっと違った印象になったかも知れないが、適当な液晶テレビでは感銘を受けにくい。
 
 それよりも登場人物に感じる親近感がこの映画の特徴なのではないか。

 誰も大上段に使命を振り上げず、自己欲求と少し外側の自分の大切な人だけのために行動する等身大な感じが良い。特に主人公の元彼女アンが現在婚約中のダンが全編にわたり良い。要所要所でちょっと関わってきて、倫理観の許す範囲、自分の出来る範囲でアンやその元彼(エディ)を手助けしてくれる。この好人物に対してアンはまあ真摯と言ってよく、元彼エディにはきちんと男女の関係を終わらせた上で、友情でもって関わり、ダンを裏切ることはない。
 サム・ライミ版スパイダーマンなどはヒーローもヒロインも恋愛においてはふらふらしまくって感情移入しがたい内容だったが、その点こちらは実に良いあんばい。恋愛関係はストーリーの端っこであり、バディ二人の関係性がある意味ヒーローヒロインのやりとりなのだ。
 
 なるほど、この作品、エディとヴェノムがヒーロー&ヒロイン(どちらがどちらという決まりはない)と捉えると、その他の要素のバランスが綺麗にとれており、ラストが二人の浜辺というのもああ納得。


2022年9月16日金曜日

<小説>さよなら妖精

 

☆☆☆☆
~ホットケーキにいかの塩辛~

 2004年の小説。本作は先に読んだ「氷菓」と同じ作者、米澤穂信 による小説で、あのようなレビューの後なぜ読むのかと問われると、まとめて入手したからとなる。とあるミステリーおすすめリストに「氷菓」「さよなら妖精」が一緒に紹介されており、それにならったのだ。まあ、軽く恨む。
 
 「さよなら妖精」は「氷菓」シリーズの完結編として構想されたものだったのが、レーベルの都合によりそれがかなわず、再構成された作品とのこと。なるほど基本は一緒。ジャンルも「日常の謎」だが、レーベルが続編としてださなかったのは分かる。
 
 ・どうでも良い小ネタ
 ・中身が中年の高校生のやりとり
 ・全体をまとめる大ネタ

 高校2年の主人公が外国人女子と出会い、別の視点で物を考え、自分の立ち位置を客観視する機会を得るという内容。

 3年分の筆力向上があり、随分読みやすく、中二感も抑えられた内容になっている。「推理が得意な俺」の役割を、主人公ともう一人の同級生二人に割り振ったことで、自意識過剰なエネルギーが分散されたのだと思う。
 
 どうでも良い小ネタは相変わらず納得がいかない内容、謎解きだが、それほど周囲が気にとめずに流される感じなので氷菓ほど鼻につかない。登場人物の「中身が中年問題」は残念ながら悪化。時代設定が1990年代なので緩い空気は理解出来るのだが、高校生が旅館の宴会場(登場人物ひとりの家業)で日本酒と寿司刺身で宴会しながら青春トークは流石に酷い。しかもみんな呑み慣れている。
 ただ、この男女混合呑みの緊張感、浮ついた雰囲気は懐かしく、ここをクライマックスに終わっておけば青春小説として纏まっただろうにと思う。
 
 そう、問題は全体の大ネタの展開である。ヒロインの出身国の特定が謎として設定されているが、その謎解きはどうでもいい。結局はそのヒロインの帰国後の運命があまりにそれまでの展開とかけ離れているのがきついのだ。

 ホットケーキの甘みとふわふわ食感に、突然いかの塩辛をぶっかけるのである。
 
 ホットケーキは塩からの塩味を吸って生臭くなり、最悪である。強くいいたい。混ぜるな。美味しいものを混ぜて食えないものにするな。
 
 最後は「俺たちの戦いはこれからだ」と立ち上がる前の落胆状態で終わる始末。後味最悪。しかも書き下ろして追加された内容も何の救いも無い。
 読者に傷を負わせたくての構成なのだとしたら酷いし、趣味が悪すぎる。そうでないならシェフ失格だ。

 どうせシリーズから外れたのだから「日常の謎」ははずして、のんきな学生意識に現実の厳しさをぶつける青春小説としてだけ整えれば良かった物を。謎解きなんぞ無視、無くしてしまえば良かったのだ。
  
 そうせず、混ぜぬべきものを混ぜたことで作品としては「氷菓」よりも後退した印象を感じる。ほとぼりが冷めるまでこの作者の作品は読まないでいたい。

 

 

2022年9月15日木曜日

<小説>氷菓

 

☆☆☆☆
~伸びに伸びたそうめん~

 
 2001年、米澤穂信 によるライトノベル。ジャンルは「日常の謎」とのことで、なるほど事件ほどでは無い事件を扱うものらしい。
 
 今作は事なかれ主義の主人公が魅力的な女性の行動力に巻き込まれて幾多の事件と関わっていくという筋書き。脇を押さえるのは面倒見の良い親友という所を含めて黄金律的な定番の立て付けだが、別段奇をてらう必要もないだろう。これはこれで良いと思う。
 ただ、登場人物達は高校生なのだが、言動が凄まじくおっさん、おばさんくさい。中身が中年のMMORPG(ネットゲーム)といわれても納得行きそう。変に遠回しにしてこねくり回したもののしゃべり方をし、その語彙たるや全員インテリゲンチャ(知識階級)で鼻につくことこの上ない。そして何か浅い。結局ほとんどの会話に意味は無く、実質一言二言のことをものすごく水増ししている。全員が突飛なキャラクターを己の中で想定して、それを演じるのにセリフのみでなしている。
 
 つまり「中二病」患者による音読劇
 
 自分はかつて確実に中二病患者であったし、全快したのか寛解なのか、うまくその病を飼い慣らせているのか分からない。
 ただ、そういった文章や展開を見ると、人ごとに思えず恥ずかしくなって、身もだえし、うめきそうになる。今作ではこの発作により読書が数度止まることになった。
 
 やはり登場人物達の各種言動がもっとも「くる」のだが、読み進めていくと作品の立て付け自体もだんだんきつくなってくる。
 今作は主人公が普段は昼行灯だが、わずかな情報から物事(事件)の謎を解く才能を持っているという設定なのだが、その事件、謎がもうショボくてショボくて……。普通の生活に潜むちょっとした違和感、不思議を題材にするという意図した選定である事は分かるのだが、大体程度としては以下のような事件だ。
 ※本編の謎を載せるのは申し訳ないので、こんなものかという内容を勝手に考えた。
 
 ・誰もいない放課後の学校で、ひとつの教室の電気だけが一瞬明滅した
 ・いつもは通りかかるだけで挨拶してくれる用務員さんが、今日に限って挨拶をしてくれなかった
 
 その謎解きもショボい。状況証拠で推測して終わり。他の推理もどれだけでも成り立ちそうだが、そもそも駄弁るための題材なだけなので、裏取りに確かめに行くことも無いのだ。
 
 ・戸締まりの巡回をしていた教師がこの教室だけ入口に荷物が会ったにつまずき、電気のスイッチに手をついた
 ・用務員さんがコンタクトを落としていた
 
 これを披瀝して鼻高々。回りも拍手喝采という始末である。共感性羞恥! いくらジャンル「日常の謎」といっても、これでは知的好奇心が満たされるどころか欲求不満である。この規模ならTwitterの文字数で起承転結すればいい。
 いやしかし、本作には一応小ネタ以外の主たる謎が存在する。それががっしりびっしり収まるなら、これらもミスリード(?)であり、コントラストを高めるための演出なのかも知れない!
 
 そう読み進めてみたが、いやあ……。期待の大ネタがなんとダジャレでおしまいだとは……。しかも、氷菓は果汁を凍らせたもので……。
 謎もきちんと解けた感が無いし、そうはならんやろ感がすごい。叔父が困ったのは「おじさんと結婚する!」とか言いだしたからじゃ無いのかよ! この方が納得感あるやろ!
 おもしろくない落語でも起承転結はある。今作も起承転結は整っている。キャラクターに感情移入出来るなら、楽しく感じるのだろうとは思える。中学時代なら楽しめたのだろうか。しかし自分は48才のおっさんであり、中高生向けの小説を正面から受けとめるのは辛かったみたい。
 
 小説にはその対象年齢に応じた文体、そして情報量と密度があると思う。
 今作は自分にはゆですぎたそうめんだった。数十分ゆでたそうめんを、さらに水道水につけて放置。それをうす~い出汁につけて食べたような印象。
 体に悪いことは無いだろうが、心が満たされない食事だった。
 
 今作と続くシリーズはあわせてアニメ化されており、そちらの人気で止まっていたシリーズが再開したのだとか。
 この内容をアニメにして成り立つのだろうか。興味深い。



2022年9月14日水曜日

<小説>慟哭

 

★★★★
~届かぬ祈り~

 1999年。貫井徳郎 の推理小説。

 沢山の人が沢山の文章を書いている中で、それぞれの文章には独特の感触、印象がある。
 今作はこんなだ。
 
 ごつごつと初めの舌触りは堅いが、少しかみしめると途端にさっくりとほどけてたやすく味わうことが出来る。実直な味付けで少々古くさいと感じるかも知れないが、それは基本が出来ているからだろう。ともかく真面目できちんとしている。
 
 連続幼女誘拐事件に関わる多くの人間を描いた作品だが、もうこれ以上何を書いてもネタバレになりそう。
 視点Aと視点Bを交互に描くことで、飽きさせずに、また熱くさせすぎずに読者をずいずいと深奥に誘い込んでいく。まさに今作のトリックに深く閉じ込められていくのは登場人物では無く読者自身。
 
 トリックについては正直に様々な材料、違和感は示されているので、種明かしにも納得せざるを得ないだろう。
 自分も違和感から、まさか、という推測を経て、ああ、こうに違いないという心の変遷をたどったが、最後はもうその予測が間違ってくれと祈りたくなる内容だった。
 
 題名である「慟哭」も画竜点睛のごとくにピンポイントで示され、別れていたものが見事に一致する。
 
 難点としては後味が悪く、救いが無いこと。弱っているときには読みたくない。