2021年4月22日木曜日

リグレッション

リグレッション[Blu-ray]

~アメナーバル監督の真骨頂~
★★★★


 2015年。アメリカ・カナダ・スペインの映画。スペインは珍しいなと思うがそれは監督がスペインが誇るアレハンドロ・アメナーバルなのだからしかり。
 
 自分はアメナーバル監督の作品が好きである。初めて出会ったのが長編デビューの『テシス』。続く『オープン・ユア・アイズ』と『アザーズ』まではサスペンス映画であり自分にとっては打率10割。続く『地獄からの手紙』では文芸調になり、『アレクサンドリア』は歴史スペクタクル。どんなジャンルでもかっちりと高いクオリティを維持するその手腕に感嘆するが、自分はサスペンスのアメナーバル監督が一番好きだ。
 
 そして『リグレッション』。久々のサスペンスである。ちらちらと前評判を見るとあまり好意的な意見が無いようだったので見るのが怖く、なんだかんだと後回しにしていたのだが、とうとう機会を得て鑑賞した。

 1990年。アメリカでは悪魔崇拝者による儀式的虐待や殺人の暴露が社会秩序を揺るがす大きな問題となっていた。
 ミネソタ州の刑事ケナー(イーサン・ホーク)は17才の少女アンジェラ(エマ・ワトソン)による父親の虐待告発を担当。その陰惨な内容はまさに悪魔的な儀式の様相を呈していたが告発された父親にはその記憶が残っていない。優秀な心理学者レインズによる退行催眠によって引き出された証言には、同僚の警察官ジョージの関与が示唆されていた――。

 

 実に面白い映画だった! 全編通して抑制の効いた演出と、複雑なパズルを精密に組み上げていくような展開。そして最後には、組み上げたパズルを照らしていた光源が急に切り替わり、これまで見えていたのとはまるで異なる姿が一気に浮かび上がる――。
 これぞ僕が待ち望んだアメナーバル作品だ!
 振りまかれるミスリーディング。予期していた展開を次々裏切られる不安感。チープに感じたり深淵に感じたり、作品自体の厚みさえもが揺れ動いて、そして最後にかっちりとおさまるピース。振り返るとそれまでの映像が一直線に綺麗に並び、嘘や卑怯のない誠実な景色が見通せる。監督の手のひらで転がされる喜び!

 一喜一憂する映像体験が本当に心地よかったが、万人にとってそうなのか問われると口ごもってしまう。この監督の作品を楽しむには、視聴者が作品を理解しようとする姿勢と能力が必要なのではないかと感じる。映画玄人向けと言うことではない。映画鑑賞に対するスタンスの問題だ。映画の楽しみ方は多種多様で、どのやり方が高等とか下等とか、正しいとか間違っているとかいうことはない。ただ、細かいことは気にすんな! とおおざっぱな理屈でドッカンドッカン楽しい画面をつなげる映画は、細かなつじつまや情緒を重視する人が好むものではないかも知れない。その逆もまた然り。作品の特徴によって、向き不向きというのはあり、それは何もおかしなことではない。

 以下ネタバレ度合いが高いので、ここまでで興味を持った方は視聴のあとで読んだ方が、より作品を楽しむことができるだろう。

 今作は物語の中に埋め込まれた、様々な相似形に気づくかどうかで評価が大きく分かれると思う。
 まずこの作品にとって重要なのは、「人の記憶や感情や判断は堅固なもののように思えて、実は非常に曖昧でいい加減なものだ」という認識。ある人の言葉がきっかけとなって、それを聞いた人々の中で空想が生まれる。空想同士が絡み合い、糸を紡ぐように強固な共通認識が形成され、ついには現実に成り代わろうとする。そこまで行くと初めのきっかけを吐いたその人にさえ、自らの言葉が真実なのか嘘なのか不明瞭になっていく――。今作は「宗教」「学問」「警察」という三つの権威について、相似した「危うさ」を描いている。

<宗教>
 様々な意見があり、それぞれが尊重されるべきであるが、ここでは神も悪魔も居ない前提で話を続ける。
 宗教は神と悪魔というフィクションを柱に据えた世界観で、現実を解釈しようとする共通幻想だ。長い時間とつじつまを合わせるための解釈論が組み上げる強固な思い込み。ここに「悪魔の儀式に晒された」と証言する少女が現れた時、教会はそれを一笑に付すことが出来ない。神を信じるということは、同時に神と対立する存在が居るということも信じざるを得ないのだ。
 この素地があるから、信心深い教会に帰依する人々は、少女を初めとする様々な人たちの証言を信じて悪魔崇拝者達の儀式を実在のものとして意識に固着化する

<学問>
 仮説を立て、実践し、真実を突き止めるという科学的な視点。今作では心理学者による退行催眠が論題となる。
 被疑者が心の内に隠した記憶を掘り起こすという体で治療は行われる。一定の時を刻むメトロノーム。細心の注意を払ったとしても滲み出る、質問者の発言による誘導。もうろうとした意識に働きかけて、あり得ない記憶を語らせ、被験者の恐れる出来事を、術者の望む出来事を、科学的に証明された現実として結論づける。
 科学もまた宗教同様に信じることで世界を規定する行為なのだ。

<警察> 
 第三者として状況を正確に把握し、何が起こったのか、事実を明らかにしようとする職業。
 被害者と加害者に正面から向き合い、様々な証言を脳内で反芻して、過去に起こった事件を再構築しようとする。今作で象徴的なのがワイパーの反復動作と定間隔の作動音。事件のことを考え続ける自問自答。これはまさに自分で自分に施す退行催眠(洗脳)だ。
 自分で自分を仮定の世界にとじ込めていく作業。証拠かや証言からの推理とはそういう側面をはらんでいる。
 

 結局、人間の持つ創造力は心の中においてそれぞれに独自の世界を形作っており、人々の間で共通性の高い世界観が現実として社会に認定されていくということなのだ。いくつもの映画題材となっている「悪魔崇拝」「悪魔儀式」の本当の姿をようやく理解した気がする。
 
 見終わった後、イーサン・ホークの地響きのような低音の声とエマ・ワトソンの輝くような美貌が心に残る。結末のわりに意外にも後味は悪くない。


 

 

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