2021年8月27日金曜日

プルガサリ

プルガサリ [DVD] 

★★☆☆☆
~「カンフー抜き香港映画」+「ゴジラ」~


 1985年の朝鮮民主主義人民共和国の映画。いわゆる北朝鮮の映画
 国際関係の影響で完成後10年以上公開が待たされたとか、あの金正日が自らプロデュースしただとか、ゴジラスタッフが予算使い放題とか、すさまじい売り文句のオンパレードでこれは「伝説の映画」といわれるのも理解できる。理解できるが、内容だけ見ると、まあまあ見所のある特撮映画でしかない点は押さえておくべき。日本での公開は1998年となっている。

 高麗王朝末期、苛斂誅求による飢饉で民衆は苦しんでいた。あまつさえ王朝は、農民たちの農具をとりあげ、鍛冶屋のタクセに武器を作らせようとする。これに抗議した鍛冶屋タクセは捕らえられ獄死する。しかし獄中でタクセは無念の思いを込めながら飯を練って小さな怪獣「プルガサリ」の像を作っていた。娘のアミは父の遺品として針箱にプルガサリをしまっておくが、ある日裁縫中に指先を傷つける。アミの血を受けたプルガサリには命が宿り、針などの金属を食べることで成長していく。 <Wikipediaより

 あらすじにあるように、なんと獄中に投げ入れられた飯粒でつくられたフィギュアがどんどん成長。始めは手のひらサイズから大怪獣まで大きくなるのだが、その途中の大きさがどうにも一辺倒に大きくなっている感じがしない。シーンごとの見栄えでかなり印象に差異があるように感じる。でかいのか小さいのかよく分からない感じは『大魔神』の感触に近く、あやふやな印象は身近さと不安感につながっており、怪獣らしい気味の悪さという演出とも言えるがおそらく偶然だろう。

 物語は分かりやすいが行き当たりばったりで、展開も同様のシーケンスが入れ子になっていると感じる。いつも困ったことは同じおばさんが駆け込んできて報告など、わざとコメディ調にしているのかと疑ってしまう。印象としてジャッキー若かりしころの香港カンフー映画に非常に近い。
 最後、民衆の味方である大怪獣が目的を達成した後どうなるのか。海に帰るのではない場合、何らかの破綻、破滅を招くしかないのだが、今作は鉄をむさぼる怪獣。食欲を満たすためには他の国を襲って鉄を奪うしかない! というところで極悪な展開になる前にメロドラマ調にまとまるのも綺麗。
 
 見た人誰もが感じるだろう点は二つ。

<群衆シーンすごい>
 さすが社会主義国。動員している村人、軍隊の人数がすごい! これはもう画面から如実に感じられる迫力で、同時代の他の映画と比してもかなりの物だろう。しかもみんな本気。お金で仕方なくやっているとか、気が抜けている印象はまるで無く、必死さを感じる群衆――。これも社会主義独裁国家の効果といえば効果なのか。
 群衆以外の一部小道具もすさまじく、山肌から一斉に投げ落とされる材木(製材ではなく木をそのまま引っこ抜いて乾かした感じのもの)はその物量に驚く。CGや特撮のすごさを知っていても、実物だけが持つ迫力という物は、確かにあるのだ。

<特撮シーンすごい>
 脂ののった特撮スタッフが金に糸目をつけずに制作したというのだ。すごくないはずがない。
 といっても当代の最高水準、ということなので今みるとちゃちく感じるところは多い。そんな中で際だって目を引くのが、プルガサリのバストアップだけで使用されていると思われるアニマトロニクス。中に人が入っているのではなく、精緻な模型を複数人がかりで操演しているタイプと目されるが、目の動きや口元のりりしさ、撮影時の光源調整具合などが引き出した本物感がすさまじい。
 プルガサリ炎上シーン、ミニチュアの王朝群本拠地(すごく派手で大きな正倉院みたいな建物)をぶちこわしていくシーンも目を見張らされる。
 反面アクターが入ってギャオギャオ動いているシーンは日本人が慣れ親しんだコメディ感あふれるもので、どちらかというと物語に似つかわしくない。ひょうきんさが必要の無い部分までその要素が漏れ出してしまっているのはムードを壊してしまっている。 



2021年8月15日日曜日

クライムダウン

クライムダウン[レンタル落ち][DVD] 

★★☆☆☆
~出落ちで終わると思う無かれ~


 2011年イギリス制作のサスペンス映画。日本未公開だが各種ネット配信に載っていたので割と見た人がいる印象。自分は午後ローで。
 原題「A Lonely Place to Die」で「死ぬための孤独な場所」といったところ。
 邦題はクライムが山登りの「climb」なら「手足を使ってよじり降りる」と言う感じだが、犯罪である「crime」ともかけてるのかな。

 スコットランドの登山を楽しみに来た5人の男女。広がる山岳高地をトレッキング移動中に異様な「声」が聞こえてくる。
 元をたどると林の中の一角にパイプが突き出ており、まるで空気穴のよう。声はそこから響いていた。
 状況が分からぬままあたりを掘り起こすと木の箱。その中には幼い少女が――。

 
 山登りの5人は二つのカップルとあぶれた男一人。カップルのうち一つは付き合いだしたばかりのようす。その女性とあぶれ男とは山登りのコンビとしてのつきあいは長いようで――。
 上記のような配置が割と丁寧に説明されるので、男女の恋愛駆け引きも要素に入ってくるのかなとのんきに構えていたら、少なくともそういった方向をシャットダウンする展開の続出。え~! そうなっていくの?
 
 といっても落胆するというより流れに乗ったまま楽しむことが出来る。少女が埋められていたというのは今作のフックとして最も強いが、それにまつわる謎(どうしてあのような場所に埋められていたのか)は早々に回収。これは出落ちのがっかり映画かと心配するが、逃走劇の形態がどんどん変化、その規模もどんどん膨らんでいき、これはこれで楽しめる。最後には祭りに沸く町になだれ込み、警察官を巻き込んだ大量殺人&火事と予算内で行けるとこまで行ったる感じが気持ちよいほど。

 少女埋没をきっちりフックとして設置、これは宣伝活動でネタバレになることを前提にした上で全体を組み立てているように感じる。
 
 なるほど、見終わった後にどうしても思いやってしまう大きな、もしも――。
 ――もしも、あのとき彼女を掘り出さなければ――。
 
 誰が一番の犯罪者なのか。事の発端の犯罪者はもちろんだが、命を至上としたとき、最も被害が少なかったのはどういう選択だったのか。
 いろんな食い違いと偶然……。大きな流れの中では悪人の選択も、善人の選択も、等しく意味が乏しい物なのだろうか。
 
 映像的にはスコットランドの高地の森や川が美しいが、あまり予算が無かったのか撮れるだけ撮っておいてつなげると行った雰囲気。テンポを生み出すためのスローモーションは上手に使ってあると思うがいささか頻繁すぎてだれ気味なのが残念。

 

 


 

リオ・グランデの砦

リオ・グランデの砦 HDリマスター [Blu-ray] 

★★☆☆☆
~丁寧な脚本のウエスタン~


 1951年制作の米映画。日本公開は1952年。
 名匠ジョン・フォード監督の騎兵隊三部作の一つで、後の二つは『アパッチ砦』『黄色いリボン』。
 南北戦争後インディアン討伐を任務とした騎兵隊を舞台として家族のつながりを描いた映画。
 
 西部劇とくればともかく戦闘に明け暮れるアクション映画かと思いがちだが、ジョン・フォード監督の映画は異なる。映画を作るための方便として西部劇の形をとっているが、真実描きたいのは土地に根付く人々の生活の有様であるように感じる。脚本は丁寧に丁寧に作られていて、小さな言葉の端々に含蓄や意味が垣間見える。
 

 リオ・グランデはアメリカ南部、メキシコとの国境付近であり、国境を侵犯できない両軍の合間を行き来するようにしてインディアン達の攻撃が頻発していた。部隊を指揮するカービー・ヨーク中佐(ジョン・ウェイン)は国の命令に従って国境内側での作戦を行うが被害は続くばかり。補充兵として新兵が到着するが、その中にカービーの一人息子ジェフが居た。ジェフはカービーと妻キャサリン(モーリン・オハラ)の紛れもない実子であるが、過去の事件でキャサリンがジェフを連れて別居して以来もう10年以上会っていない。親として、子として上官と部下としてぎこちないやりとりが始まるが、なんとキャサリンも乗り込んできて――。


 偶然(?)配属された息子はともかく戦場に奥さん連れ込むの? と驚くが、シチュエーションとしてはこの上なくおもしろい。実際当時の戦場がどうだったのかは分からないが、映画の中では洗濯を受け持つような婦人団が結構な人数随伴しており、それが部隊員誰かの妻や恋仲という感じ。子ども達も1ダースほど。ラッパ兵や進軍のための歌唱隊(これは要人歓迎の儀式に活躍。今作では出番がめちゃんこ多い)も賑やかで、ともかく世界大戦のイメージとは隔絶している。言うなれば貴族的趣味や様式美が色濃く残っている印象。ロマンが残った戦争。
 真実かどうかはともかく舞台背景としてとてもおもしろい。
 
 映画を観ただけでは分かりにくい部分があり、以下ははっきり理解しておいた方が楽しめる。

 
 ・南北戦争時、北軍に従軍していたカービーは命令に従って妻キャサリンの親族の農場を焼き払った
  ※このとき実際に火をつける作業に当たったのが……。
 ・それに怒ったキャサリンはジェフを連れてカービーの元から離れた
 ・離れてはいるもののカービーは二人を気にかけそれ以降の動向を把握していた


 馬の疾駆するシーンの迫力は近年の映画に負けない。というか、別次元の生々しさ。ジョン・フォードは黒澤明との会話で乗馬シーンのこつは「コマ落とし」と「土煙」だと語ったと聞いたことがあるが、まさにそれ。不自然ぎりぎりの馬の走りは、あっという間に小さくなり、また近づいてくる。ある意味特撮なのかも知れない。土煙の効果もすさまじく、画面が賑やかで変化に富む。
 白眉のローマ乗りシーン(二頭の馬を軽装させ、それぞれに片足ずつ乗せて仁王立ちの状態で疾駆)はこれはもういろんな危険性排除から今では再現不可能なのでは……。CGやVFXで似たようなシーンは作れるだろうが、さらっと長回し気味に追いかけていくようなカットは採用されずばたばたと慌ただしい物になりそうだ。

 白黒映画だが観ていると色を感じることがある。
 これは他の白黒映画でもままあることだが、明らかにそうであるという材質について色味を感じるのである。今作の場合は荒れ地とそこに生える下草。土の色と草の緑がうっすらと感じられて、あれ、古くて色あせたカラー映画だっけ? とまで混乱した。
 映像は、脳が見ているのだなあ。 

 

 

愛は静けさの中に

愛は静けさの中に [DVD] 

★★★★
~存在の隔絶と求め合う情動~

 1986年の米映画。日本公開は1987年。舞台作品を原作としている。
 

 居場所を求めて様々な場所を転々としてきた中年教師ジェームズは、とある田舎の聾唖学校の教師として職を得た。少しばかり破天荒なやり方に校長に睨まれもするが、その成果とともに認められ始める。
 サラはその学校で清掃員として働いている学校の卒業生。明らかな美人であるが、過去の経験から発話訓練を行わなかったため手話しか会話手段が無く、他人を拒絶する態度から変人扱いされていた。彼女のやりとりにたぐいまれな聡明さを感じたジェームズは惹かれ、サラの世界に踏み込もうとするが――。


 違う世界の住人の出会い、わかり合おうとする情動を描く。
 聾唖者と健常者という分かりやすい形で示されるが、これは国や男女人種、その他あらゆる人間の違い――つまりは個人と個人がわかり合おうとする人間関係全てと同義であり、非常に普遍的な物語だと思う。その困難さと懊悩の深さ――そして希望。
 
 作品として気に入ったのは、「綺麗すぎない」線引き。ロマンチックだし、官能的だが、現実はそれだけで回らないということを常に暗示させる。セックスは恋愛物語の一つの到達点であるが、今作でのそれは毎日の営みといった重さで存在している。唐突に始まるがそれによって何事か解決するわけでは無く、コミュニケーションの一つ、会話の突端だったりするだけ。
 ジェームズの生徒たちについても、多くの生徒たちは彼の授業をきっかけにして変化していくが、一人だけ、決して変わらない子どもがいる。作品のまとまりだけ考えれば気の利いたエピソードを差し込んで大団円に持ち込みたいところだが、今作ではそれはそれでそのまま――。少し物足りなく進んでいくのが日常なのだ。
 善意だけの存在も、悪意だけの存在もいない。ステレオタイプに感じられるキャラクター(校長etc.)が登場するが、きちんと謝るところは謝るし、意地を張るところは張るし、ちゃんとそれぞれの人格を生きている。

 また、二つの世界が一つに重なるという結果が今作で結ばれることは無い。

 ジェームズとサラは結局互いの違いを再認し、それでも踏み込みあって、毎日を一緒に過ごしていこうと誓い合うところで物語は終わる。どちら側の世界では無く、二人の間にある新しい世界を形作ろうとするのだ。とても誠実で前向きな、素敵な結末だと思った。

 作品中過去が多く語られるが、いちいち回想されること無くてきぱきと進んで心地よく、また想像で補うのが効果的な内容となっている。これは舞台原作である所以もあるだろう。
 ロケーションもよく、ジェームズは小さなフェリー(車が数台しか載らなそう)で毎日学校まで通っている。古いが落ち着いた雰囲気の町並みはどこか赤毛のアンの世界を彷彿とさせる。
 
 障害者ヒロイン、特に悲惨な境遇が生々しく描かれた作品は強烈に心に残る……。
 武田鉄矢の『刑事物語』一作目のヒロインはソープに身をやつした聾唖者。
 日本海と三味線が迫る『津軽じょんがら節』の盲目の少女。
 
 今作で心に残るのは、やはり二人が離ればなれになる事件でのあの「音」。
 初めて観たのは大学時代のレンタルビデオ漬けの頃だと思うが、このシーンの印象があまりにも強烈に焼き付いていた。
 
 時代に左右されない、普遍的一作。

 

 



2021年8月14日土曜日

殺人の追憶

殺人の追憶 [Blu-ray] 

~入りきれない壁~
★★★☆☆
 

 2003年に制作、公開された韓国映画。監督は『パラサイト』でアカデミー賞を取ったポン・ジュノ。

 1986年10月、農村地帯華城市の用水路から束縛された女性の遺体が発見される。地元警察の刑事パクとチョが捜査にあたるが、捜査は進展せず、2か月後、線路脇の稲田でビョンスンの遺体が発見される。どちらも赤い服を身に着けた女性で、被害者の下着で縛られた上に、絞殺されていた。<Wikipediaより>

 今作は実際に発生した「華城連続殺人事件」を下敷きにしており、公開時点でも犯人は特定されていなかった。2019年にようやく犯人が見つかったが時効が成立しており罪には問えない状況。ただし、犯人は別の強姦殺人ですでに無期懲役の執行中であったとのこと。
 
 事件を元にはしているがノンフィクションでは無くフィクション。陰惨ながらも各所魅力的な内容となっている。

 現場捜査官のパクはいわゆる前時代的な刑事。しぶとく事件にしがみついていく熱意は持つが、これが犯人だと目星をつけたら、容赦なくつきまとい、警察署内の拷問部屋に連れ込んでは都合の良い供述をさせようとする始末。スニーカーの足跡を押し込むなど証拠の捏造にも迷いが無いが今回は拉致があかない。自白強要がマスコミに漏れ捜査陣が糾弾される始末。
 そんな中、ソウル市警のソ刑事が参入。パクと異なり科学的な捜査、事実の積み上げを信条とし、拷問や強要を是とはしない。同じように強い情熱を持って犯人逮捕に挑む二人だが、対照的な存在ということになる。
 
 この構図が事件の進展に合わせて変容していくのが本作の魅力の一つ。

 

2021年7月15日木曜日

聖戦士ダンバイン 総集編三部作


★★★☆☆
~記憶していたよりハードな物語~


 1983年のTVアニメシリーズを1988年に全三巻にまとめた総集編。各巻1時間弱なので全49話(ざっと16時間)をだいたい6分の1に圧縮していることになる。監督は『機動戦士ガンダム』の 富野由悠季。キャラクターデザインは『伝説巨神イデオン』『戦闘メカ ザブングル』の湖川友謙。
 

 精霊や妖精が存在し、オーラの力で機械を駆動させる世界、バイストン・ウェル。
 海と大地の狭間に存在するといわれるその世界はオーラ・ロードによって現実世界と接続されており、そこに住む者を「地上人」と呼んでいた。
 地上人はバイストン・ウェルの人々に比べてオーラの力が強いため、バイストン・ウェルの領主、国王たちは己の勢力を拡大するための戦力として地上人を召喚し、相争っていた。
 主人公ショウ・ザマは日本で暮らす青年であったがバイクで失踪中にバイストン・ウェルに召喚。オーラ力(ちから)で駆動する人型兵器、オーラバトラーの搭乗員として戦渦に巻き込まれていく。

 
 聖戦士ダンバインは玩具会社がおもちゃ販売を前提にスポンサーしていたアニメーションなのだが、『宇宙の戦士』の宮武一貴によるデザインは子供受け、一般受けはしにくい物だった。巨大な虫(というより巨獣)の甲殻を外装としているという設定に合わせてデザインされたオーラバトラーは直線が極端に少ない生物的なフォルムをしており、足先は巨大な爪として構成、飛翔用の羽根もトンボのような雰囲気とかなり攻めている。
 おもちゃ類の販売は難航し、途中スポンサーの変更があったりと打ち切りの憂き目にも遭いながら何とか完走した作品とのこと。だがこの唯一無二のデザインは時が立っても陳腐化すること無く、逆に時が立つほど他の幾多の作品の中にあって輝きを放つ。今回視聴して改めてその格好良さを再認識させられた。
 
 やはり総集編ではあらすじを追うくらいしか出来ず、幾多の勢力、数多の人物が理解できないまま現れ、消えていく。それでもとっ散らからずに本筋は追っていけるのだから、総集編としては良くまとまっていると言えるだろう。